“風の時代”で変化する男女の価値観 


早希と別れた美穂は、千疋屋のフルーツゼリーを片手に広尾の有栖川公園沿いを歩いていた。

まるで外国のように洗練された街並みにしばし見惚れながら、重厚感のある低層マンションのエントランスに足を踏み入れる。

「はーい、どうぞー」

インターホンに絵梨香の落ち着いた声が響く。

彼女の家に来るのは数年ぶりだ。前回は絵梨香が新婚の頃で、貴之になんとか許可を取り休日にお祝いに駆けつけたのを思い出した。

「相変わらず、綺麗なお家ね……」

美穂は溜息混じりに絵梨香の部屋を眺める。日当たりの良い広いリビングにはシンプルで高級感のある家具が並んでいて、部屋の隅々まで手入れが行き届いているのは一目で分かった。

加えて白シャツにタイトなパンツを合わせたカジュアルな服装の絵梨香も相変わらず美しい。

「ご主人は週末もお仕事なの?」

けれどそう聞いた途端、絵梨香は口を尖らせた。

「知らない。ウチはもう別行動が定着した仮面夫婦だから」

「えっ?」

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「夫婦間で色々あるのは美穂のとこだけじゃないのよ。まぁウチは子どももいないし、開き直ってるけど。それに今日はそんな話はどうでも良いの」

絵梨香はアッサリした口調で言うと、ツンと澄ました顔を向けた。

「で、美穂。透さんとは上手くいってるの?」

咄嗟に言葉に詰まってしまったのが返事代わりだった。

絵梨香は以前から透と飲み友達だったと聞いているし、「透さんといるときの美穂は楽しそうだった」と指摘されたこともある。

「やっぱりね。別に警戒しなくていいよ。二人がイイ感じなのは知ってるから。ただ一応言っておく。私も透さんのこと、ちょっといいなと思ってたの。もちろん何もないけど」

「え……。え?え?」

美穂は意味が分からず混乱する。

「だから透さんに私にも誰か紹介してって言っておいて。ねぇ引かないでよ。“風の時代”は他人の目は気にせず自分らしく好きに生きるべきだって言ったのは美穂だよ?」

「いや、私はそんな意味で言ったんじゃ……」

「私は美穂の新しい恋も応援するよ。でも早希にはもう少し黙っておいた方が良いかもね。あの子って真面目だし、意外と繊細だから」

絵梨香の言葉に、美穂はハッと顔を上げる。

「転職も大変そうだし、早希ってあんなに美人なのに昔から不器用じゃない?年下くんともなかなか進展しないし、大好きな美穂が透さんに取られたなんて知れたらまた心配して大騒ぎするかも」

茶化すように笑う絵梨香をよそに、美穂の胸にヒヤリとした痛みが走った。

まるで姉のようにいつも自分を気遣ってくれる早希の、曇った表情。

もしかして自分は、ひどく無神経な発言をして彼女を傷つけてしまったのではないか。その可能性を考えると身体から血の毛が引いた。

「どうしよう……私、そこまで気が回らなくて、さっき早希に全部話しちゃって……」

そのとき、美穂のスマホが振動しメールの通知を知らせた。

差出人は弁護士の大柴先生。美穂は動揺しながらも「ちょっとごめん」と絵梨香に許可をとりメールを開く。

指が震える。離婚調停が進むのか否か、祈るようにスマホ画面をスクロールした。

『調停の件につきまして、前回ご主人は体調不良でやむなく欠席されたそうで、次回は必ず出席するとのことでした。また湊人くんとの面会交流をできるだけ早く希望されているようです。ご都合の良い時間にお電話差し上げますので、秋田さんのご意向をお聞かせください。』

絵梨香の手前もあり、なるべく冷静でいようとした。

けれど「面会交流」という言葉は、再び美穂に重くのしかかったのだった。


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NEXT:3月6日更新
アラフォー女たちの、それぞれの決断。早希の不器用な恋の行方は……?

 
撮影協力/ララ ファティマ表参道ブティック
撮影/大坪尚人
構成/片岡千晶(編集部)