〔ミモレ編集室〕の編集・ライティング講座の2月の課題は「エッセイを書いてみよう!」でした。「自信」をキーワードに自由な形式でエッセイを書いてもらい、編集バタやんと文芸編集者からエッセイの書き方のコツを学ぶという課題でした。メンバーから寄せられたエッセイはなんと65作品。中でも文芸編集者も感心の珠玉の5作品をピックアップしてご紹介します。
惨敗
かつてバレンタインデーは、女同士の戦いだった。
前日からやったことのないチョコレート作りに格闘し、少々、不格好な出来映えを、愛情という甘やかな言葉でラッピングする。
そのくせ意中の相手に少しでも振り向いて貰おうと、しおらしい文面に、まだまだ青臭い女のずるさを忍ばせる。
「ずっとあなたのことを見てきました。
もしよかったら、本当に良かったらでいいの。
付き合ってくれませんか」
滑稽と強がっている反面、自分の気持ちを拒絶されるのが怖くて、早々にバレンタイン勝負を放棄してきたひねくれ者の私は、友人がこっそり教えてくれた文面に、心の中で意地の悪い意訳をする。
「あなただけを見てきてた私、けなげでしょ?
よかったらって、ちょっとはにかんでる私、可愛いでしょ?
これだけ私、一途なんだから付き合ったって良いでしょ?」
我ながら呆れるくらい悪意に満ちている。
いざ、決戦の日。
女の拙いあざとさなんて、すぐに見破られるから。
勝負のリングを場外から、そんな冷めた目で見ていた私のねじ曲がった意訳は、ものの見事に却下され、その子は何人ものライバルの中から、彼女という座を勝ち取った。
見上げるとちょっと眩しくて、思わず照れて俯いてしまいたくなる背の高い男の子。
彼女は弾けんばかりの笑顔で手に入れた。
ずっと私が好きだった彼の隣のポジションを。
以来、ますますバレンタインが嫌いになった私は、義理チョコが社交辞令となる頃、社会に出た。
今ほど職場に女性がいなかった90年代、12、3人のチームに女性は20代の私と、ひとつ年上の彼女だけ。
仕事が出来なくても若いというだけで、ちやほやされ、そのくせ、ある年齢に達したら実力があろうがなかろうが、はい、さようなら。
今にして思えば女性に優しいようで、至極、残酷だった時代。
そんな職場で迎える初めてのバレンタインデー。
六畳一間のアパート代と光熱費を支払って、残ったお金が食費という生活を送っていた当時の私は、ずっと悶々としていた。
義理チョコとはいえ、媚びを売っているように見られるのでは?
こんな安っぽいものと、呆れられるのでは?
しょうもない自意識と見栄との葛藤。
散々、悩んだあげく、もう一人の女性に、その胸の内を打ち明けた。
「チョコは贈らないよ~」
あっけらかんと言う。
そうだよね、無理に義理チョコなんてダサいよね。
ほっとして迎えた2月14日。
手ぶらで職場に行くと、彼女は男性たちに封筒を配っていた。
一服、どうぞ。
達筆な一言を添えて。
中身は豆菓子。
確かにチョコレートは贈らないという彼女の言葉は嘘じゃない。
なのに、なんでだろう。
どうして、泣けてくるのだろう。
彼女の一枚上手の小賢しさに? 何も持ってこなかった恥ずかしさに?
いや違う。
学生の時と同じ、滑稽だという言葉を隠れ蓑に、勝手に逃げた自分の自信のなさに。
惨敗だ。
その後、彼女は早々に結婚して仕事をやめた。
一生、安泰と言われる大企業勤めの男の手を取り、お先にとばかりに、軽やかな足取りで。
それから、たくさんの苦い惨敗を経験したけれど、自信とはなかなか仲良くなれずにいる。
唯一、負けず嫌いの私にとって、自信といえるものがあるとすれば。
バカみたいにずっと同じ仕事を続けてきたことくらいだけれど。
〔ミモレ編集室〕では、毎月オンラインの編集ライティング講座を開催。その他にも、さまざまな課題や提出された文章に対する編集者からのフィードバック・添削などを行っています。
文章力を磨きたい!という方はぜひ参加してみてくださいね。
まさむーさん
食う、飲む、寝る、一気に仕事。そしてまた食う、飲む、寝る。時々、悩んで すぐ忘れる。これが私の特技です