人気BL作家で新刊小説『スモールワールズ』も話題の一穂ミチさん。ステイホーム中におすすめのコミックエッセイに続き、大人がハマれる恋愛マンガを教えてもらいました。「『しんどさ』もフィクションの醍醐味」と語る一穂ミチさんが夢中になる、先が知りたくて狂おしいほどの恋愛マンガとは……。

 


ときめきと同量の苦しさに心よじらせて


恋愛中は、自分の内外でカロリーを消費する。半日のデートのためにプランを練り、当日の服やメイクに迷い、新しい靴やバッグを買う必要に迫られるかもしれないし、一緒にいても髪型はベストな状態にキープされているか、お行儀や立ち居振る舞いで相手を失望させていないか、全身鏡を同伴させたいくらいいろんなことが気にかかり、別れた後も相手からどんなLINEが来るか、あるいはこちらからどんな文面のLINEを送るべきか考え込んでしまう。過ぎ去ってからやっと「今思えば楽しかった」「幸せだった」と滋味が染み出してくる。

ときめきと同量の苦しさ。天に昇った次の瞬間、地に叩き落とされるようなテンションの乱高下。高鳴りよりは動悸と呼ぶべき鼓動の乱れ。どれも想像しただけで疲れる。「恋の訪れ」など迷惑なので「あっ、いいです、今忙しいんで」と路上のキャッチみたいにそっけなくスルーしたほうが、絶対に楽なのに、どうしようもなく惹かれる。作中の彼ら、彼女らに感情を同期させて心をよじらせながらページをめくり、続きを待ち焦がれてしまう。

 


初恋の苦悩と幸福
美しくもシュールな世界観


『あなたはブンちゃんの恋』(宮崎夏次系・講談社)は、もうタイトルからやられた。「恋人」でも「好きな人」でもなく、「恋」。元同級生の三舟さん(女)への初恋を断ち切れないブンちゃん(女)と、幽霊になってブンちゃんを人知れず見守る幼馴染みのシモジ(男)の物語は、毎話せつなさの破壊力がすごい。恋心を内に秘め、口数のすくないブンちゃんはそのぶん行動力がすさまじく、好きでもない同僚と交際を試みたり、グリーンランドまで旅立ったり、つるっつるの丸刈りになったり、「待て次号」どころか一ページ先の展開も読めなくて心臓に悪い。片想いの苦悩と幸福が宮崎さんだけの美しくもシュールな世界観で描かれ、文字どおり流血して転がり倒すブンちゃんはもはや「恋」を凝縮し、具現化した存在のようだ。振り返れば「何であんなことしでかしたんだろう?」と自分でもさっぱりわからない、いびつなエネルギーのジェット噴射。ブンちゃんが、恋だ。

『あなたはブンちゃんの恋』(1)  宮崎夏次系(講談社)

シモジと一緒に「ブンちゃんはバカ」と眺めながら、ふと差し込まれるモノローグに、泣き濡れたブンちゃんの瞳のきらめきに、胸を射抜かれる。

『その人の目の中に 映る自分のことだけは 大切に思えた 自分を初めて 好きになれると思った』
『僕はずっと 苦しいブンちゃんが好きだった 苦しむブンちゃんが好きだった 僕 死んだけどそんなの変わるはずない』

三舟さんの意中の人、暴走ニンニク豆腐氏(HN)の登場で、一方通行の矢印はますますもつれていくのに、つながりはしない。ブンちゃんに、三舟さんに、そしてシモジに救いはもたらされるのか。

呪いのような片恋が、どうしてこんなにきれいなんだろう。でも神さま、どうか自分にはこんな呪いが降りかかりませんように。