不完全な世界に一瞬浮かび上がる完全性を収集したい


この一冊の歌集にはときめくものがぎゅっと詰まっています。穂村さんは以前ご自分のことを「ときめきコレクター」呼んでいましたが、その感度や性質は変化したのでしょうか。

「それは基本的にはあまり変わらないような気がします。僕にとってときめきの正体は何かというと、先ほどのベルトに消しゴムをかける例えで言うなら“完全なベルト”というものへの憧れなんです。

完全なベルトがこの世のどこかにあるだろう、みたいな。ところが実はまだ出会ったことがない。完全なベルトとか、完全な鞄とか、完全な椅子とか、世界の名作と言われているものを使ってもどれも<何か違う>としか思ったことがなくて。だから“完全な鞄”ーーこれを“完全な恋人”と言い変えてもいいですよね、運命の人みたいな。そんなまだ見ぬ完全な存在がこの世のどこかにあるんじゃないか、ということへの執着の強さですね。

その完全さというのは、究極的には完全な世界ってことなんだけれども、それはこの現実世界が全く完全ではないので、そのことが逆に完全さへの憧れを強めるんですよね」

 

コロナで閉塞感がある中、ときめきを見つけたいと思う読者にアドバイスいただけますか?

「僕にとってのときめきは、この世の不完全さの中に奇跡のように一瞬だけ浮かび上がった完全性。これらを収集していきたいということです。そういう奇跡の瞬間を集めると言う意味では、短歌はいいですよね。短歌はもともと、命の一瞬をパラパラ漫画のようにコレクションするものですから」

「ときめき」の正体とはなにか?心をキラキラさせる方法【穂村弘】_img1
 

穂村 弘(ほむら・ひろし)
1962年、北海道生まれ。歌人。1990年、歌集『シンジケート』でデビュー。現代短歌を代表する歌人として、その魅力を広めるとともに、評論、エッセイ、絵本、翻訳など様々な分野で活躍している。2008年、短歌評論集『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、連作『楽しい一日』で第44回短歌研究賞、2017年、エッセイ集『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、2018年、歌集『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。他の歌集に『ドライ ドライ アイス』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『ラインマーカーズ』(自選ベスト版)等がある。

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<新刊紹介>
『シンジケート[新装版]』

穂村 弘/著

伝説のデビュー歌集、31年目の新装版。1990年に第一歌集『シンジケート』で鮮烈なデビューを果たして以来、現代短歌を代表する人気歌人として、エッセイ、評論、絵本、翻訳など幅広い分野で活躍する穂村弘。その原点であり、現在の短歌ブームにつながる新時代の扉を開いた伝説の歌集が、人気画家ヒグチユウコの絵と名久井直子の装丁で新たに生まれ変わりました。解説・高橋源一郎。

取材・文/榎本明日香
構成/川端里恵(編集部)