「好きを伝え、つなぎ、つながる」をキャッチコピーにしている〔ミモレ編集室〕では、ターム課題(3カ月ごとの大きな目標)、月課題(ターム課題に向けて、土台となるようなテーマ)をはじめとし、編集・ライティング力を磨く実践の機会を設けています。(課題提出は任意です)
ひとくちに「好きを伝える」といっても、テーマがないと実際にやってみるのは意外と難しいもの。「好きな作品のレビューを書こう」をテーマにしたターム課題に挑戦した、3期生のみわさんの「好き」をご紹介します。
東日本大震災から10年がたちました。この一年、改めてあの時やこれまでの日々を振り返った方も多かったのではないでしょうか。
今回紹介する俵万智さんの歌集『オレがマリオ』には、震災前後の9年間に詠んだ341首が収められています。震災、育児、家族の死、恋……転機の中で描かれた31文字の心象風景は、迷いながら一歩ずつ生きる私達をそっと肯定してくれます。
この本と私の出会いは突然でした。
駅で何となくフリーペーパーを手に取りページをめくっていた時、書評の一首が目に飛び込んできたのです。
子を連れて西へ西へと逃げてゆく
愚かな母と言うならば言え
すっかり心を奪われた私はその足で書店に向かい、歌集を購入しました。
俵万智さんは、震災当時お子さんと仙台に住んでいましたが、福島第一原子力発電所の爆発事故から避難するために、石垣島に移住していました。当時、同じように移住したり、放射能を心配して生活の細部に渡り慎重になる親が大勢いました。もちろん私もその一人でしたが、何が正解なのかわからず、迷いながら日々もがいていました。
ただ、ひとつだけ確かだったのは、世間に何と言われようと大切なものを守りたいという私なりの正義。
この一首は、思いがけず、そんな私を全肯定してくれたのです。
冒頭に、この歌集には震災前後の9年間に詠んだ短歌が収められている、と書きました。正確には震災前の7年間と震災後の2年間です。一方、収められている短歌の数は震災後に詠んだものが174首、震災前のものが167首です。著者は震災という事実や震災後の思いを伝えたい、残したいと考えたのだと思います。
石垣島に移住してからの日々を詠んだ歌には、大人の戸惑いとは裏腹に順応していく子の成長が瑞々しく描写されています。
「オレが今マリオなんだよ」
島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ
歌集のタイトルになった一首です。ゲームという都会的なものと島の対比が、著者の感慨をより一層際立たせています。瑞々しいマリオ少年が、島の自然に抱かれながら「オレ」という自己を確立していくことを予感させてくれます。
俵万智さんの短歌を語るうえで避けて通れないのは、恋の歌です。
レギンスに透ける素肌がいいと言う
床を磨いている背後から
大人の恋、なんてなまめかしい一首。一躍有名になるきっかけとなった「サラダ記念日」とは違う趣ですが、共通しているのは特筆すべきことのない日常に恋があることです。サラダは特別な料理ではないし、床を磨く行為に特別な意味などありません。だからこそリアルで、共感を呼ぶのでしょう。
ここで皆さんにお願いしたいのは、俵万智さんの恋の歌をどうか彼女の肩書…母でシングルマザーで口語短歌の第一人者でというようなことを考えずに読んでほしいということです。目に飛び込んできた言葉の連なりを、そのまま細胞に溶かしてゆっくりと味わってほしいのです。恋をしている人も、忘れられない恋をした人も、胸を焦がすような恋に憧れる人も、無限に広がる言葉の世界を堪能できると思います。
ここで紹介したのはたったの3首だけ。31文字という不自由な世界の奥には、心に映し出された世界が無限に広がっています。心は自由、だから短歌も自由なのです。今のあなたに寄り添う一首を探してみませんか?
みわさん
家族が寝静まったあとの静かな時間にひとりでボケ~っとしたり、ちびちびお酒を飲むひとときがたまらなく好きです。
40代半ばになり、気がつけば家庭と仕事がメイン……Go to サード・プレイス!と思っていたところ、ミモレ編集室の記事を見つけました。