natsunatsuさんからの質問
Q.
病気をした友人に頼られて、正直重い……

学生時代の親友から20年ぶりに連絡がありました。どうしたのかと思ったら、がんを患って死を意識したことで、昔仲の良かった私に会いたくなったそう。それで会いました。以来、頻繁に連絡をしてきて、不安な気持ちや、診察の結果などを逐一聞かされ……、正直重たいです。もし再発してしまったら、どれだけ頼られるのか。こんなことを言うと冷たいと思われるかもしれませんが、私には私の生活もあるので、あまり巻きこまれたくありません。でも年齢を重ねると、今後もこのようなことはあると思います。病気になった友人とはどのくらいの距離感で付き合うのが良いものなのでしょうか?

特別ゲスト 樋野興夫先生の回答
A.
相手が求めていることをそっとサポートする
“偉大なるお節介”を焼いてあげましょう

支えようとするのではなく、寄り添えばいいのですよ。自分に相手の全体重がかかってきたら、さすがに重たいでしょう? でもそばにいるだけなら、そんなに力を必要とせずできますから。

では寄り添うとはどういうことかと言いますと、ただ、相手が求めていることをしてあげればいい。相手が辛い気持ちを吐き出したいときは、ただ「うんうん」と聞いてあげる。泣きたいときは、ただそばにいて肩をさすってあげる……。つまり、“相手の必要に染まる”のです。何も、気の利いた慰めなんて言わなくていい、物理的に助けてあげる必要もないのですよ。

これがなかなか難しくて、みんな一生懸命、アドバイスを言ったり世話を焼いてあげたりしちゃうんですよね……。たとえば、食欲のない人に「もっと食べなきゃダメだよ」と料理を作ってあげたりして、親切を押し売りしてはいませんか?

大事なのは、正論より配慮なのです。私はこの配慮を、“偉大なるお節介”と言っています。相手が求めてないのに押しつけるお節介と違って、相手が必要としていることを提供してあげる……。実はこれは、今の「3時間待ちの3分間診療」と言われる医療現場にもっとも欠けていることでして、それこそが、私が、患者とじっくり向き合って話をする「がん哲学外来」を開設しようと思ったきっかけでもあるのです。そして毎日、暇げな風貌をして、患者さんに“偉大なるお節介”を焼いているわけなのです(笑)。

アナタもぜひ、ご友人に“偉大なるお節介”を焼いてあげてください。そういう偉大なるお節介者が増えれば、今の社会はもっともっと生きやすくなることでしょう。

いかがですか?
樋野先生の回答、ぜひご参考になさってください。

PROFILE
  • 樋野 興夫さん1954年、島根県生まれ。順天堂大学医学部、病理・腫瘍学教授。2008年に「がん哲学外来」を開設。理事長として、がんによる不安を抱えた患者や家族を支援するため、無料の個人面談をおこなっている。その対話からたどり着いた人生観、死生観を綴ったエッセイ『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』(幻冬舎)が話題となっている。他著書に『いい覚悟で生きる』(小学館)などがある。 この人の回答一覧を見る
  • 山本 奈緒子1972年生まれ。6年間の会社員生活を経て、フリーライターに。『with』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。 この人の回答一覧を見る