フリーアナウンサー馬場典子が気持ちが伝わる、きっともっと言葉が好きになる“言葉づかい”のヒントをお届けします。

緊張でガチガチになっているときは


体操男子個人総合金メダル。
文字通り大きく輝いた橋本大輝選手。
その姿には、随所に、アナウンサーの先輩からの教えと重なるところがありました。

演技に入る前、フッと一息吐く姿。

写真:丸山康平/アフロ

腹式呼吸を習い始めた時は「吸い方」に重点が置かれている印象を受けましたが、発声発音の段階に移ると、質量ともに安定した声を出すために、「吐き方」が重要なのだと知ります。

そして実践段階で、緊張のあまりガチガチになっているとき、「一息吐いてから喋れ」と言われました。緊張すると不安から息を吸い続けてしまうのですが、これでは肩に力が入り呼吸が浅くなり心拍数が上がり、緊張が増して逆効果。息を吐けば力みが和らぎ、「心配しなくても(吸うことを意識しなくても)、空気は自然に入ってくるから大丈夫。人間の体はそう出来ている」と教わりました。

そういえば「呼吸」の文字も、「吐く」を意味する「呼」から始まっていますね。

 

ミスをしてしまったときは


途中でミスがあっても、気持ちを切らさない姿。
練習は、より良いパフォーマンスのため、そしてミスをしないために重ねるわけですが、演技中、アナウンサーの場合は生放送中や収録中、ミスしてしまった時に動揺しないことも大切です。

若い頃は噛むことは大罪だと思っていたので、噛むたびに、原稿を読んでいる最中でも「やっぱり自分は下手くそだ」と落ち込んでいましたが、そんな心境で、いい放送は出来ません。
本番中は、過ぎてしまったことや未熟さに意識を向けるのではなく、まずは今求められている役割を全うすることに集中しよう、と思えるようになってから、不思議なもので、実際には同じように噛んでいるのに、噛まないアナウンサーと言われるようになりました。
失敗を次につなげるための反省や練習は、本番を終えた後にしっかりと。

着地で動いてしまった、その動きや足先までも美しい様子。
最初は、語尾をしっかり締め括ることで喋りがまとまる、という教えが過りましたが、それ以上に、どの選手も、最後の最後まで気を抜かずにやり切る姿勢に感銘を受けました。投げ出さないことで、貫き通すことで現れる人間性に、美しさを見ました。

どの演技の前にも、どこか緊張の面持ち……。
ところがいざ演技が始まると、伸び伸びとしなやかで、ダイナミックかつ美しい。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

本番で緊張してしまい、力が思うように出せなかったとき(それも含めて実力なわけですが)、徳光和夫さんに「お若い頃、緊張されたことはあるのですか」と質問をしたことがあります。
すると迷いなく、

「緊張したことはない」

とのお返事。
ええ!? と驚いている私に、すかさず紡がれた言葉は

「緊張感は忘れたことはないけれど」

緊張していては、縮こまってしまう。
伸び伸び出来ているからこそ、自分らしさを出せる。良いパフォーマンスが出来る。
一方で、伸び伸びしていることと緩んでいることとは違う。
緊張感なくして、真に良いパフォーマンスは出来ない。

難しい。けれど大切なことを、19歳の勇姿が思い出させてくれました。

入社式当日。この後、人事研修1ヶ月、アナウンス研修1ヶ月の日々へ。
徳光和夫さんは、言葉でも背中でも、本当にたくさんのことを教えて下さいました。


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