フランス在住の作家・パリュスあや子さんが描く、愛の国フランスに住む日本人の恋愛模様。駐在妻・葉子の場合はーー。
大学時代の同級生、武臣とパリで再会し、一夜をともにした葉子。
映画館で出会ったソフィとは週1回はお茶をする仲に。ある日、葉子はソフィを自宅に招くーー。
三年目のシャンパンフラッシュ(4)
ディナーにも招き、啓介にも紹介した。
「夫婦が離ればなれで暮らすのは良くない。二人が羨ましい。葉子は付いてくる決断をして偉いし、連れてくる啓介も偉い」
ソフィが私たちをベタ褒めし、啓介は謙遜しながらも嬉しそうだった。その浮ついた笑みが妙にカチンときたが、苛立ちを顔に出さないよう気を付けた。
ソフィはよほど一人暮らしが寂しいらしく、何度も「今度うちにも遊びに来て」と招いてくれた。
啓介もにこにこ喜んでいて、とても良い夜をすごせたことに満足したけれど、
「サン・ドニじゃ行きにくいな。パリ同時多発テロの首謀者が潜んでたエリアだろ」
と、ソフィが帰った後は、いつもの素っ気なさで言った。
パリの北郊外、サン・ドニは治安が悪い。暴動や抗議デモのニュースなどでもよく耳にする。低所得者層の移民が多いと聞くけれど、啓介とタクシーでこの地区を通ったとき、難民のテントが道路のすぐ脇にぎっしり並んでいることに衝撃を受けた。
啓介は危ない橋は渡らない堅実タイプ。「いつでも遊びに来てもらえばいいさ」と、まるきり近づくつもりはないらしい。
「ソフィがいい人で安心したよ。葉子も現地の友達ができて、本当に良かったな」
でも、おだてられてすっかり気を許したようだ。
私も頷きつつ、ソフィがホテルの従業員と浮気していると知ったら、啓介はどういう反応をするだろうと想像してしまう。
ソフィはスペインから来た学生と、清掃前の客室で燃える話を赤裸々に聞かせてくれる。
「夫を愛してる気持ちに、嘘偽りはないのよ。毎日電話もしてる。それでも寂しさは埋められない。近くにいて、抱きしめてくれなきゃ意味ないの。身体が誰かを求めてしまうのは自然の欲求、仕方ないこと……」
そう辛そうに語るソフィの横顔に、別の言葉が透けて見える。
「私が浮気してしまうのは、夫のせい」――
IFOP(フランス世論研究所)の2016年の調査によれば、フランス人男性の49%が浮気したことがあるらしい。2019年に行われた女性への同調査では37%。
蕎麦茶を入れながら、私が最近仕入れた「フランス豆知識」を披露すると、ソフィは器用に片方の眉毛だけついッと上げ「まぁそんなものかもね」と白けた返事をした。
「じゃあフランスは、不倫なんて当たり前なんだね」
「よくあること、ではあるかな」
「じゃあソフィも、旦那さんが不倫しても許すの?」
「そんなわけないじゃない!」
他人の恋愛も不倫も、それは他人のプライベート。自分とは関係ないから口は挟まない。でも、自分にふりかかった問題なら、それはやはり重大問題なのだ、と息巻く。
「彼は私のこと愛してる。絶対、浮気なんてしてない。そう信じてる。もし彼が他の女と寝てたりしたら、私おかしくなっちゃう。嫉妬に怒り狂って泣きわめいて、立ち直れない」
ソフィは浮気しているのに、矛盾しているのでは……
そう突っ込むこともできないほど、ソフィは真剣な顔だ。
「だから怖いの。だって彼もきっと同じ気持ちだから。私のこと、信じてるに決まってる。私が彼を裏切ってるって知ったら、一体どれだけ悲しみ苦しませるか……そう思うと胸が張り裂けそう!」
天に向かって嘆きの叫びを上げたかと思うと、ソフィは蕎麦茶をすすって一息つき、頬をゆるめた。
「だけど、しょうがないの。だって寂しいんだもん。それにね、ホテルの男の子ったら本当にかわいいのよ。お尻なんてちっちゃくて引き締まってて――」
ソフィが生き生きと彼の肉体賛美を始めたので、ふんふんと頷いてみせる。
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