フランス在住の作家・パリュスあや子さんが描く、愛の国フランスに住む日本人の恋愛模様。駐在妻・葉子の場合はーー。

 
これまでのお話
商社マンの夫に付いて、二年前にパリにやってきた葉子のもとに大学時代の同級生、武臣から電話がかかってくる。かつてほんのり恋心を抱いていたこともある「同級生のパリ案内」に心浮き立つ葉子。

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三年目のシャンパンフラッシュ(3)


「久しぶり! 元気?」

待ち合わせのブラッスリーに現れた武臣は、びっくりするほど昔のままだった。

 

33歳になっても引き締まった身体で細身のパンツを着こなし、ツーブロックの髪型も嫌味なく決まっている。健康的に焼けた肌はスポーツでもしているのだろうか。お世辞ではなく二十代に見えた。

私はつい、どんどんお腹が出ておじさんくさくなっている啓介と比べてしまった。フランスが美食の国のせいか、それとも仕事のストレスからか、はたまたその両方か……啓介は以前よりよく食べるようになり、つられて私も体重増加気味なことを恥ずかしく思った。

「葉子、全然変わらないね。いや、昔より綺麗になったな」

なのに、笑顔でそんなことを言われたら、困る。

――危ない……

ときめいてしまう自分に、心の内でそっと「気を付けなさい」と注意した。

武臣もまた結婚し、二人の子供までいるのは時々SNSにアップされる写真で知っている。いかにも「良いパパ」で幸せいっぱいな写真を眩しく眺めていた。
だけど外国にいるという解放感のせいだろうか。お互いの距離はすぐに縮まった。


ランチの後、少し時間があるという武臣と晴れたチュイルリー公園を散歩していると、仕事のこと、家庭のこと、趣味のこと……話題は尽きず、笑いも絶えず、離れがたい磁力のようなものが生まれるのを感じた。

「明日の夜も空いてるかな?」

イタズラっ子のような上目遣いで誘われて、頷かないわけがない。

翌日はそう遅くない時間に、洒落た地中海料理の店を予約した。武臣は朧げな記憶通りに酒が強く、ペースも速かった。

私は普段ならグラス二杯で充分というところ、二人で赤白一本ずつワインを空けてしまった。大半を武臣が飲んだとはいえ、店を出た時には足元がふわふわし、そのまま飛んでいけそうなほど心まで軽くなっていた。

酔い覚ましを兼ね、シャン・ド・マルス公園に向かって歩きだすと、ほどなくして凛とそびえ立つエッフェル塔が姿を現した。夜空に浮き上がるようにライトアップされ、私たちを見下ろしている。

「エッフェル塔って、やっぱり特別だよなぁ」

武臣は子供のように瞳を輝かせ、ああでもないこうでもないと、ベストショットを収めるべく大はしゃぎで写真を撮り始めた。

そのほほ笑ましい興奮ぶりに、私も改めて塔を見上げた。こんなにも美しい姿をしていたんだっけ……毎日家から見えていたのに、初めて発見したような感動。小さな震えが起き、私は思わず自分の腕を抱いた。

「寒い?」

 

気付けば写真撮影を終えた武臣が隣にいて、心配そうに私の顔を覗きこんでいた。

武臣の顔の近さに驚いて首を振った。なにか爽やかで、同時にミステリアスな香りがして、跳ねた鼓動を抑えて歩き出す。

多くの人が行き交う公園のど真ん中で、人目を気にせず互いを食い尽くすようなキスを交わしているカップルがいた。私たちはつい顔を見合わせてしまい、照れ笑いした。

そのとき、ふと手が触れあった。

――危ない……

一時の感情に身を任せてはダメ。だけどもう一度目があったとき、自然に顔を寄せあっていた。

善悪も後先も考えられない。魔法にかかったみたいな一瞬だった。

 
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