時代の潮目を迎えた今、自分ごととして考えたい社会問題について小島慶子さんが取り上げます。

 

想像してみましょう。あなたが働いている会社にはアジア人がとても少なく、歴代社長は全て白人。自身がアジア人であるあなたは、アジア人の幹部がもっと増えてほしい、遠からず史上初のアジア人社長が誕生したらいいのにな!と思っています。会社はBAME(黒人・アジア人・少数民族)の活躍を促進すると謳いながらも、主要なポストは9割方が白人。著しく多様性に欠ける状況はなかなか変わりません。

 

最近、社長の引退が決まり、次は誰になるかの噂話で社内は持ちきり。あなたも幹部の顔ぶれを改めて眺めますが、アジア人はA氏しかいません。A氏は前任の人種差別的な白人社長の太鼓持ちとして生き残ってきた人物で、むしろアジア人などのマイノリティを見下すような態度が目立ちます。あなたはA氏には社長になって欲しくないと考えています。

ある日、同僚の白人が話しかけてきました。
「次期社長、誰がいいと思う? B氏が無難だけど、C氏の方が有能だよね。D氏は革新的だし、F氏は人望がある。G氏は政府と太いパイプがある。でも自分としてはこの部署出身のH氏に社長になってほしいな。そしたらこの部署も、社内でもっと日の目を見るはずだもの」
名前の上がった人は皆、白人です。同僚は、あなたを見て言います。
「あなたはもちろんA氏を応援するよね? アジア人に社長になってほしいって、前から言ってるもんね」
「うーん、A氏は支持できないな」
とあなたが答えると、同僚は
「普段言ってることと違うじゃない。人種の平等を! アジア人を社長に! ってあんなに言っていたくせに」
とニヤニヤ。
「いや、A氏は多様性に後ろ向きだし、人権を軽視しているから、支持できない。アジア人なら誰でもいいってわけじゃないよ」
とあなたは言います。すると同僚は
「やれやれ、普段ご立派なことを言っていても、結局、いざとなると同じアジア人に嫉妬するんだね。アジア人の権利を! なんてきれいごとだよ。あなたは、自分が能力不足で評価されない不満を、人種のせいにしているだけ。白人がみんな人種差別主義者みたいに決めつけるそっちこそ、白人を差別しているんじゃないの? 弱者の特権を振りかざして、白人叩きするなんて卑怯だよ」
と呆れたように言いました。
「私は、白人がみんな人種差別主義者なんて、言ってないよ。それにA氏のように、自身もマイノリティなのに、格差を放置してマイノリティを切り捨てる発想のアジア人だっている。社長に相応しいのは、人種差別をしない人だよ。そもそもアジア人社長を望んでも、今のままでは選択肢が少なすぎる。たとえばIさんとかJさんとかKさんとかLさんとか、優秀なアジア人たちが正当に評価されて幹部になっていれば、もっと選択肢が増えるよね。アジア人社員が少なすぎるし、幹部にアジア人がA氏ひとりしかいないこと自体がおかしいよ」
とあなたは反論しますが、
「うるさいなあ。アジア人の権利を! って言うなら、しのごの言わないでアジア人を応援すればいいじゃないか。せっかく親切にアジア人を幹部にしてあげても、そうやって仲間内でケチをつけて選り好みするんじゃ、いつまで経ってもあなたたちはマイノリティのまま。それも自業自得だよ」
と同僚は聞く耳を持ちません。
会社に人種の多様性を求めているのに同じアジア人のA氏を応援しないあなたは、わがままなのでしょうか?

世界人口に占めるアジア人の割合から見れば、もちろんアジア人は決して少数派ではありません。にもかかわらずこの会社ではそれまで長いこと、アジア人が超少数派でも特に問題視されることはありませんでした。それはこの会社でも、そして世界的にも、先進国の白人が主流とされてきたことの表れです。どうでしょう、アジア人であるあなたは「マイノリティらしく」、分け前に文句を言わずに、限られた選択肢をありがたく受け取ればいいのでしょうか。

もうお気づきだと思いますが、この「白人」を「男性」に、「アジア人」を「女性」に、「人種差別」を「性差別」に置き換えても、同じような会話が成り立ちます。聞き覚えがあるでしょう? 女性は世界人口の半分を占めるというのに。

ジェンダー平等の実現には、政治や経済の意思決定過程において、今現在女性が男性よりも非常に数が少なく不利な立場に置かれている状況、つまりジェンダー格差を是正しなくてはなりません。女性のリーダーを増やす必要があるのです。もちろん、女性なら誰でもいいわけじゃない。男性なら誰でもいいわけじゃないのと同じです。女性リーダーを増やすためには、女性のリーダー候補を増やす必要があります。男性のリーダー選びがそうであるように、女性もいろいろな価値観や能力を持った多様な人材の中から、その場に相応しいリーダーを選択できるようにするべきです。リーダー候補となり得る女性が「紅一点」や一握りの「女性枠」では、ジェンダー平等の実現への道のりはいつまでも遠く険しいものであり続けるでしょう。

今秋には、総選挙が行われますね。2018年に施行された、政治分野における男女共同参画推進法(候補者男女均等法)という法律があります。国会や地方議会の選挙で、政党などが候補者を立てる際に男女の割合ができる限り均等になるよう努めることを求める法律です。ただ、罰則規定はありません。前回の参院選で女性候補が半数前後に達したのは主要8党中3党のみ。自民党の女性候補者は14.6%、公明党は8.3%と、残念ながら与党がワースト2を占めました。

「どんな人が選ばれるか?」の前に、「どんな人たちの中から選ぶことができるのか?」に注目しましょう。メディアにも是非、その視点を持って報じてほしいです。
 


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