言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
 
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。
 
これは、それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。

これまでの話旅の専門出版社で編集長として働く弘美(43)は、仕事にも仲間にも、おひとりさまライフにも満足している。しかしその平穏は、17年前最愛の夫・彬との死別を乗り越えて手に入れたものだった。そんなある日、今では数少ない当時を知る大学時代の友人・哲也と久しぶりに会うことになり……?
 


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第8話 出版社勤務・弘美(43)の話【中編】


「弘美、久しぶりだなあ、相変わらずキレイにしてるな、すごいぞ43歳」

「ちょっと、そこで年齢言う必要ないからね」

哲也と会うのはほぼ1年ぶり。バツイチの旧友とはいえ、同い年の男性と飲みに行くというシチュエーションが最近ほとんどない弘美は、多少なりとも緊張して店の暖簾をくぐった。

しかし哲也の顔を見たとたん、あっというまに大学時代の気楽な雰囲気が戻ってきた。

「哲也は相変わらずシュッとしてる。43歳男子にしては貴重なんじゃない? 今も仕事忙しい?」

「忙しいねえ、テレワーク推奨ってどこの世界の話だよ、ってくらい忙しい」

弘美は思わず笑いながら、良く冷えたグラスビールで乾杯した。哲也は大手IT企業のシステムエンジニアなのだ。テレワークをするためのシステムを開発してテレワークと縁遠いとはおかしな話だ。

哲也が予約してくれた神田の焼き鳥の店は、こじんまりとしていて、白木のカウンターが清潔で温かみがある。直感的に、ここは美味しいものを出すに違いないと弘美は思った。

哲也のセレクトはいつも丁寧だ。

年に一回、定例となった「北海道農産物の御礼会」は、弘美がご馳走するという名目だったが結局はなんだかんだと哲也も出してくれる。しかしご馳走になってしまうとせっかくの居心地のいい友情関係になんとなく影響が出そうで、きっちりと割り勘にしていた。

もう20年以上も続いている友情だ。弘美には貴重でありがたい友達だった。