私は、ずっと続いている吐き気と、それに続いて発生したうつ病が、彼女にとって大きな問題になっていると判断しました。4つの苦痛はあくまでつらさを理解するための物差しで、分解して考えることも大切ですが、ただそれらの連関について統合して考えることも重要なのです。吐き気とうつ病の治療をきっかけに、鈴木さんの苦痛は大幅に改善し、緩和ケアの大切な目標であるQOL(生活の質)の向上が達成できたのでした。

以上のように、緩和ケアは「人のつらさ」という幅広い領域を扱います。しかもそれらは、多くが主観的なものであり、本人のみしか体験していないことでもあるので、それをよくつかみ取るコミュニケーション技術も欠かせないのです。
 

「スピリチュアルなつらさ」とは何か

死への恐怖、生きる希望の喪失……。緩和ケア医が向き合う「スピリチュアルペイン」とは_img0
 

さて、4つ目で取り上げた「スピリチュアルなつらさ」について、もう少し詳しく説明をいたします。

 

皆さんは「スピリチュアルペイン」という言葉をご存知でしょうか。スピリチュアルというと、日本での一般的なイメージは、亡くなった人の魂を呼び寄せて別の誰かを介して言葉を伝えるという口寄せなどの印象が強いかもしれません。

けれども、そのような降霊術と、ここで言うスピリチュアルは異なります。どうしても日本ではそうしたスピリチュアルのイメージが強いですから、皆さんもその言葉を聞くと、少し怪しげな印象を受けるかもしれません。

ですが、世界保健機関(WHO)の緩和ケアの定義にも「スピリチュアル」という言葉が普通に記載されています。

では、このスピリチュアルな問題とは何なのでしょうか。
『日本人の「終末期がん患者のスピリチュアルペイン」概念分析』(嶋田由枝恵、宮脇美保子)という日本における終末期がん患者のスピリチュアルペインを調べた論文によると、次のようにまとめられています。

「終末期がん患者が、生命の危機の恐怖や病気の進行による身体機能の衰えに伴い無力感を抱くことによって、生きること・存在すること・苦悩することの意味、死への不安、尊厳の喪失、罪責意識、現実の自己への悲嘆、関係性の喪失、超越的存在への希求等について問い続けざるを得ない苦痛」

ごく簡単に言えば、「存在」に関するつらさとまとめることができるでしょう。