「夢を実現しよう」「社会のためになる」と、「やりがい」をアピールすることで低賃金で過剰に働かせる「やりがい搾取」。通常、経営者が若者をターゲットにして行うものと思われがちですが、本作では、学生である若者が歳上の経験値豊富な社会人たちを大胆に、かつ、さりげなく「やりがい搾取」していくのです。
『ダルちゃん』や『れもん、うむもん!』など、女性からの共感を集めるコミックエッセイで知られるはるな檸檬さんの最新作は、ファッション業界を舞台にした『ファッション!!』。1巻が昨年9月に発売されています。
冒頭に、「ファッション」という言葉の意味が出てきます。
二番目の意味をよく読んでおいてください。
物語の主人公は、ガチガチのファッションオタクの夫、新道開(しんどう かい)。服を愛し、ファッションに関する仕事をいろいろやってきましたが、今はセレクトショップのバイヤーをしつつ、メインの仕事はテレビ局での電飾をしています。
バイヤーの仕事で、東京コレクション(東コレ)から帰ってきて感想を延々と語りまくる姿に、妻・桜子は思うのです。
話が長い さすがオタク
桜子は、ギャグやエッセイなどを中心に細々と描く漫画家。ファッションにはまったく興味がないのに、なぜ開と結婚したのかというと、二人ともジャンルは違えど、好きなものについて何時間も語れる「オタク」だったから。
桜子は、なんだか作者のはるなさん自身を投影しているようなキャラクターです。
開は電飾の仕事帰りに、学生時代からの友人から、自分が開催しているニット教室の生徒が展示会をしていると言われ、一緒に見に行きます。そこで一人の男の子と出会います。それが、留学生のジャン君でした。
彼の着ている服のスタッズを開が褒めると、徹夜で服に付けたのだ、とアピール。
開の友人が、開は学生時代に経済学部だったにも関わらず、ファッション系の生徒を集めてファッションショーを開いたことがある「行動力の鬼」なんだ、と話すと、ジャン君が「僕もそうです!!」と答え、熱く語りはじめます。
周りの人たち あんまりチャレンジしません
一人だけ頑張ってると 笑われたりします
まずやってみないと チャレンジしないと
スタートラインにも立てないんじゃないですか!?
仕事仲間は笑って流しますが、開は真剣な表情で「本当にその通りだよ」と答えるのです。
ジャン君は縫製にこだわりを持っているようで、この展示会で借りているショップの服の中で一番高いジャケットを指差して「縫製が全然ダメですねー」と、自分のつくった服と比較させます。
彼の服の特徴は、面ファスナー。
僕は面ファスナーオタクなんです!!
「こんなにオシャレになります!」と、しきりに面ファスナーの魅力と、服の特徴を語られ、「開さんぜひ着てみてください!」と猛プッシュされます。
帰宅後、ジャン君の熱さに、開はかつて共にファッション業界で夢を追っていた子たちを思い出していました。
彼らは、今ではみんな業界から消えてしまった。なぜ?
お金が続かないから。才能がある子はたくさんいても、金銭的事情でファッションの道をあきらめてゆくのです。
ジャン君のような子が未来に希望を持てる
そういう業界にするために
出来ることはあるはずなんだよ アイデアで⋯⋯
と、開はつぶやきました。
その後、ジャン君から開に連絡が来ます。東コレの支援枠(東コレで会場費無料でファッションショーを開ける枠)の審査に受かった、という報告と、ショーを手伝ってほしい、という内容が長文で送られてきました。
でも、開にも仕事があるので手伝うことはできません。昔の知り合いくらいは紹介できるかな、とジャン君に伝えるため会いに行きます。
ここで、お金がないことに大きなため息をつく妻・桜子のコマの後、開に連絡をした後のジャン君が描かれるのですが、その顔が予想外でちょっとぎょっとします。
この目つき。
けれど、開と会うと、
へらっと笑顔でお辞儀をし、謙虚な雰囲気に。
さっきの表情は、いったい?
開が、自分は手伝ってあげられないことと、東コレにかかる費用について細かく伝えると、だんだんとジャン君の表情がまた変わっていきます。
「お金はないです」と言うジャン君に、開が自分のツテで安く頼める人を探そうと提案すると、
僕は開さんにやってほしいと思ってますね!
と目を見開いて、きっぱり言い切るジャン君。
「そのままで頑張っていれば応援したいって人が他にも現れると思う」と開がさりげなく断っても、繰り返し言ってきます。
開さんが いいですね!
「俺は無理なの、家庭もあるし、子どももいるし」と断り続ける開に、ジャン君は、自分は留学生だけど3歳になる子どもがいて、祖国で両親が面倒を見てくれているのだと話し出す。
今は妻と二人、日本に来ているけれど「子どもと早く一緒に暮らしたい」。寂しそうに言う彼は、妻を電話で呼び出し、「⋯⋯開さん お願いします!僕たちを助けてほしいですね!!」と頭を下げてお願いする夫婦の姿に、開はほだされてしまうのでした。
家で、開からジャン君の子どもの話を聞かされた桜子も、「3歳とか一番可愛い時期やん!?無理!離ればなれは無理よ!!」と同情し叫びます。開はついにジャン君のファッションショーの演出を担当することを決めます。
その後、開は「お金がない」と始終言うジャン君のために、協力してくれるスタイリストやスタッフを人脈と時間を使って必死に探し、考えます。
ジャン君は「誠実さだけは負けません」と言っているのですが、実際にショーに向けてあちこちに動いているのは開ばかり。
ジャン君は、ブランドのパーティにさりげなく勝手に入り込んで、会場でしれっととぼけてみたり被害者ぶったりしながらも、巧みなコミュニケーション術でプレス担当者の懐に入り込み、コネクションを作ってしまいます。
開は「すごい!」とジャン君に才能を見出しますが、友人にはジャン君のことをこう言われるのです。
なんか そいつ⋯⋯ 図々しくない?
それでも「会ってみたらわかるよ、真面目ないい子だよ」と笑顔で語る開。桜子も「子どももいるし、そりゃ必死になるよ」と疑問に思わないまま、ジャン君のファッションショー開催へ、開はますます尽力していきます。
ジャン君が時折見せる虚ろな目つきが、今後の不穏な流れを予感させます。
そして、読んでいくうち、開の労働力と時間が「盗まれている」「搾取されている」としか思えないのです。これって、「やりがい搾取」ってやつなのでは?
ジャン君は、ファッションへの情熱を持つ未来ある若者に見せかけているけれど、本当は服への愛なんてない、ただ稼ぎたいだけの人間だったりして、とじわじわ感じてきます。
堂々とハッタリをかまし、きらきらした目で服への情熱を語る一方、自分は弱者であると強調し、相手の善意を引き出して、労働力を盗んでいく。
彼のやっていることは、「見せかけ」という意味のファッションなのでは?
また、主人公夫婦がオタク気質だというのが、ジャン君の「見せかけ」に引っかかってしまう要素なのではないでしょうか。
ジャン君の情熱にほだされ、彼が作る服のクオリティなどの実態を確かめず「彼はきっといい子にちがいない」と信じこむ主人公夫婦。2人は「若いジャン君の夢を叶えるためのサポートをしている自分」にも軽く酔っているのです。自分たちは正しいことをしている、自分たちも共に成功へのチャレンジをしている、という。
なぜこんなにも簡単に「見せかけ」に引っかかってしまうのか。オタク気質な人にとって、夢中とか情熱というのはど真ん中に刺さるんです。感情を動かされるものを見つけるとすぐに高揚し、お金や時間を忘れてその世界にのめりこみやすいという特性。ジャン君はこのポイントをうまく突いた、ともいえます。
ジャン君の「まずはチャレンジしないと」と言っていることはけっして間違っていないし、開や桜子が、若い彼の未来のために支援したいという気持ちもわかる。
でも、開がジャン君にうまく利用され、落とし穴にはまっていく展開しか想像できないのです。
本作は、金銭面がネックとなり、若い世代が台頭しにくい現実や、一回のショーにかかる費用や、準備、スタッフたちの一般的なギャラの金額など、ファッション業界の裏側が細かく語られます。
業界の華やかさは「見せかけ」で、その影ではたくさんの地道な作業があるのだ、と思わされます。
さて、ジャン君のファッションショーはちゃんと開催されるのでしょうか。「ファッション」の本質をキャラクター造形と彼らの語りで巧みに描く『ファッション!!』は、文春オンラインでも連載中です。
【漫画】『ファッション!!』第1話を試し読み!
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『ファッション!!』
はるな檸檬 (著)
服好きで、ファッション業界でいろいろな仕事を経験するも、現在はショップのバイヤーをしつつテレビ局の電飾で働く開。漫画家の妻と子どもと3人で暮らしている彼が、今どき珍しい情熱を持った青年・ジャン君と出会ったことで、ファッションショーの実現へすべてを注ぎ込むようになる。
作者プロフィール
構成/大槻由実子
はるな檸檬
1983年宮崎県生まれ。漫画家・東村アキコのアシスタントを経て、2010年、宝塚ヲタクの日常を描いた『ZUCCA×ZUCA』(全10巻)でマンガ家デビュー。『れもん、よむもん!』『れもん、うむもん!─そして、ママになる』など、自身の体験をベースにしたエッセイコミックでも人気を博す。
Twitterアカウント:@haruna_lemon