先日、第101代目の内閣総理大臣に自民党の岸田文雄氏が就任しました。日本の首相はすぐ変わる、と言われますが、歴代首相の中で未だに根強い人気を誇る人物の1人が、田中角栄氏です。

「人を動かす天才」とも呼ばれる彼が、宰相になってからの功績は多く語られていますが、まだ政治家になる前の人生から描いたのが『角栄に花束を』

若き日の田中角栄をエネルギッシュに、勢いたっぷりに描き、コメディタッチな部分も満載。かなり読みやすく仕上がっています。
そして、角栄の行動のベースとなる部分をしっかりととらえているんです!

『角栄に花束を』 (ヤングチャンピオン・コミックス)

1934年、15歳で三国峠を越え、新潟から東京に出てきた角栄。

下働きで人に使われる立場を経験しながら、19歳で土建業を起業し、社長に。そして徴兵で朝鮮に行く経験を経て、終戦後の日本を立て直すため、議員への立候補をする⋯⋯。

若い頃から、角栄は「人を使う」とはどういうことなのか? を身をもって学んでいきます。
本作から、「人を使う」こと、そして角栄とはどういう人物なのかがわかる印象的なシーンをいくつかご紹介します。

 

上京早々に起きたハプニングに叫ぶ角栄


そもそも角栄は「口利きができる」という知り合いの紹介で書生になり勉学に励むために上京してきました。でも、その話が先方に通ってなかった! 気の短い角栄が叫ぶシーン。

俺は こーゆー事はしない‼︎
口利きすると言ったら 最後まで面倒見る‼︎

 

仕事の斡旋で、仲介する立場というものの本質を見抜いていた。「人を動かす天才」のエッセンスがすでに垣間見えます。

働き者の母親から、上京前に言われた言葉


当てがなくなった角栄でしたが、運の強さと積極性で、土建業を営む井上工業で働きながら、工学校でも学べることになりました。

昼間は土建屋で働き、仕事が終わると学校に通う。夜の9時に学校が終わり帰宅。仕事と学校で、クタクタになっているのに、夜遅くも必死で勉強をする角栄。

彼の心には、故郷を離れる時に母親に言われた言葉が灯っていました。
雪深い新潟で農家を営む母は、たいそう働き者だったそうです。

人という者は2種類いる
働いてから休む人と
休んでから働く人だ

お前は働いてから休む人になりなさい

 

続けて角栄は言います。

小学校しか出てないから
人の倍はやらねーと

田中角栄の最終学歴は、高等小学校卒でした。

「土建業とは」を教えてくれたあるおじいさんの言葉


角栄の人生を語る上で欠かせないのが、土建業。下働き時代、工事現場で共に働いていたおじいさんからこんな言葉を聞くのです。

土方は"地球の彫刻家"だ

 

この言葉を角栄はとても気に入り、後々までずっと使っていました。

それから、気の短い角栄は、上司に激怒し東京での最初の仕事を失ってしまいます。
職を転々とする中、貿易商で働いていた時のエピソードにも、将来の「人を動かす天才」のエッセンスが見えます。

※「土方」は当時の表現をそのまま使用しています。

"人の使い方"を下働き時代に学ぶ


市電にひかれて、配達していた商品を壊してしまった角栄。
「弁償します」と社長に謝ると、「とにかくケガがなくてよかった」「損した分はまた稼げばいい」と許されたのです。

角栄は言います。

"覆水盆に返らず"というけどよ
実行できる人はなかなかいない

あの"人の使い方"は実に見事だ

 

いろんな人にいろんな使われ方をしていく中で、業務だけでなく、"人の使い方"も学んでいった。いつかは、人を使う立場になると決めていたのでしょうか。そんな独特な視点が感じられます。

「上が率先して動かないと誰もついて来ない」


土建会社の社長になってからも、自ら土方として手を動かします。

オレみてーな 若い社長はな
率先して動かねーと誰もついて来ねえんだよっ‼︎

 

すでにこの時の角栄には、人がどうやったら動いてくれるのか、がわかっていたのでした。

「集めてくれた人の顔を潰してはいけない」


地元の新潟で代議士に立候補することにした角栄。
他の候補者が行かないような山奥の村に演説をしにわざわざ出向くも、全然人が集まっていない。
担当者に「どーなってんだよ!」とイラつくいとこに角栄は言う。

この人数でも
それを集めてくれた人間がいるんだぜ
その人の顔をツブすんじゃねぇや

 


"運の良さ"に慢心せず、己の天命を悟る


単に人気取りをしようとしていたのではない、とわかるエピソードもあります。

終戦後、焼け野原の中で、運良く自分の家も職場も無事に残っていた。「僥倖(思いがけない幸運)だ」と泣きながら喜びつつ、この状況から角栄が悟ったのは、

天命だッ!!!
焼け野原になったこの国を救えと言っている!!!

 

そう、角栄は"運が良い"人間でした。でも、その運の良さを独り占めせず、大いなるものに感謝し、世の中に還元していこうという思いが感じられます。

角栄が国の宰相になった時、人を動かすことができたのは、「下の立場だった時のことを忘れない」からではないでしょうか。若い頃、どんな人間についていきたいと思ったのか。それをずっと忘れずにいたから。

上の立場になった時、下の立場の視点を取り込んで考えることは簡単なようで、むずかしい。考えるだけでなく、実際の行動に反映させることはさらにむずかしい。それをやってのけたのが、田中角栄という人だったのでは、と思います。

 


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『角栄に花束を』
大和田秀樹 (著)

1934年、15歳の田中角栄は三国峠を越え東京にやってきた。まだ、何ももたない少年が後に世界に誇る名宰相へとなっていく。
田中角栄の生誕から1世紀。その男の知られざる素顔が、令和に描かれる。小卒から総理大臣まで昇りつめた、昭和最強の“成り上がり”ストーリーがここに開幕。


作者プロフィール

大和田秀樹
1998年に「月刊少年エース」(角川書店)にて『たのしい甲子園』でデビュー。その後、2001年に同誌で連載した「大魔法峠」シリーズでヒット作家の仲間入りを果たすと、『ドスペラード』(秋田書店)、『疾風の勇人』(講談社)、『ノブナガ先生』(日本文芸社)などを執筆。現在は『ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング』(竹書房)、『機動戦士ガンダムさん』(KADOKAWA)、『角栄に花束を』(秋田書店)を連載中。


©︎大和田秀樹(秋田書店)2020
構成/大槻由実子