娚の一生』や『初恋の世界』など、憂いを帯びた色気のある男性が登場する恋愛マンガで知られる西炯子さんが、青年誌で連載している異色作・『たーたん』。主人公は、15歳の女の子を男手ひとつで育てるシングルファーザー。親心と男心の狭間で揺れ動く気弱なキャラで、これまでにありそうでなかった感じです。

『たーたん(1)』(フラワーコミックスα)

冒頭は、童貞を捨てようと風俗店の前に立っている冴えない雰囲気の男に、県警からいきなり電話がかかってくるシーンからはじまります。

 

中学時代の同級生から血にまみれた手で、謝りながら託されたのは、

 

なんと、幼な子。

15年後、この時に託された幼な子・鈴とずっと2人で暮らしている43歳の敦。中学3年生の鈴はしっかり者で、家事がテキトーな敦にたびたび注意しています。

 

鈴は、父親の敦を「たーたん」と呼んでいます。幼児の頃、「父さん」が言えず、そのまま定着した呼び方なのでした。
敦は15年前から宅急便のドライバーとして働き続け、男手一つで鈴を育て上げてきました。でも、

 

43歳の現在まで、童貞。
「子育てに青春を捧げた俺」と自称し、「あの人は、娘さん一筋だから」と言われながらも、職場に新しく入ってきたバイトの女の子に「かわいいなぁ〜」と、密かに心を動かされているところもあります。

 

一番の幸せは娘が元気に育つこと、と言いつつも、「こ⋯⋯今年くらいには⋯⋯なんとか俺もどうにか⋯⋯」と、女性との出逢いがあることを神棚に日々祈っているのでした。

 

父親の役割を果たそうと必死に働いている敦ですが、とにかく気が弱くてお人よしすぎ。職場では、「仕事多くて大変アピール」をしてくる後輩にうまいこと仕事を押し付けられているのでした。

 

一方、どんどん大人に近づいていく鈴。制服のスカート丈が短いことや「モテメイク」などの特集が載っている雑誌を読んでいると、父親の敦はつい叱ってしましまいます。
でも、その叱り方がなんだかドギマギしているのがちょっと「ん?」となるポイント。

 

敦は、鈴に言い出せない「かくしごと」がありました。
自分の実の娘ではないこと。実の父親は犯罪者であること。
そして、今の生活はあと少しかもしれないこと。

いつか言わなければいけないと思いつつ、言えないまま、悶々としている思い。

ドギマギ感がある叱り方には、鈴がどんどん大人になっていく様子に、父親として、だけでなく、一人の男性としても、戸惑っている彼の複雑な心理が現れています。
敦は女性経験がないので、女性の生身なところに慣れていないんですよ⋯⋯。

本作では、いつ「実の娘じゃない」真実を鈴に伝えるのか? という点が最大の気になりポイントに加え、「今年こそは」と神棚に祈る敦が女性と「いい仲」になれるのか? も注目です。

敦の職場にいる2人の対照的な女性。
敦のことを「人が良すぎてイラつく」と感じている妹尾さん(メガネ黒髪ロングの女性)と、敦が「かわいいなぁ」と思っているバイトの片岡さん。2人はそれぞれ敦のことが気になりはじめます。

 

敦はどうするのか?

そして、「親として生きるか、男として生きるか」問題もストーリーの主軸にあります。鈴のクラスに転校してきた吉川さんは、母子家庭で、親ひとり子ひとりという点で鈴と同じ。

吉川さんがいじめられているところを、鈴が助けたところから2人は話すようになります。この吉川さんの母親は、男性がいないとダメなタイプで再婚を考えています。鈴の父親・敦が「親として生きるために青春を捧げた」のとは正反対、「女として生きる」を優先している女性なのです。

親として生きるか、男として生きるか、。押し付けられながらも、自らで前者の生き方を選んだ「たーたん」。でも、男として生きることも心の中では捨てきれず、あわよくば、チャンスがあれば、と思いつつも鈴のことを思い出すとずっと行動に移せないでいたのでした。

そんな親心と男心の狭間を描いた『たーたん』。11月10日に5巻が発売されました。

『たーたん(5)』(フラワーコミックスα)

4巻では、鈴の実の父親が登場。ちょっと意外な形で鈴との距離が深まっていきます。敦と職場の女性たちとの関係もなんだか色めきたってきて、「たーたん」は一人の男として、第二の人生を生きられるのか? にも注目の展開となっていますよ。

 


【漫画】『たーたん』第1話を試し読み!
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『たーたん』
西 炯子 (著)

15年前、全く冴えない28歳の童貞男だった上田敦は、友人から赤ん坊を預かる。その友人は殺人を犯し刑務所に入ったのだ。赤ん坊の名は鈴。敦は鈴を娘として懸命に育てた。鈴は父を「たーたん」と呼ぶ。父は出生について娘に何も話していない。鈴は何も知らない。ワケあり父娘の心ヒリヒリコメディ。


作者プロフィール

西炯子
大人の恋愛漫画の名手として知られる。代表作『娚の一生』や『お父さん、チビがいなくなりました』『STAY~ああ今年の夏も何もなかったわ〜』は実写映画化された。現在は「月刊flowers」(小学館)で『初恋の世界』、「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で『たーたん』を連載中。


構成/大槻由実子