検査の益を受けるまでにはタイムラグがある


一方で、「害」はどうでしょうか。胸部X線を受けるとわずかな量ではありますが、被曝をします。個人レベルではほとんど害とはいえない量です。だとすると、多くの人が胸部X線には害なんてほとんどないではないか、と思われるかもしれません。

しかし、先のように胸部X線で健康をまったく害することのない「異常」が見つかった時のことを想定してみます。

通常、胸部X線だけでは、それががんなのか良性の病気なのかは判別がつきません。そこで胸部X線で異常が認められると、次にCT検査が行われることになります。 CT検査で小さな腫瘤が見つかると今度はこれを経過観察するためのCT検査を半年に1回ほど受けることになったりします。

その後、少し大きくなっているように見えたら、針を刺す検査が行われるかもしれません。場合によっては針を刺す検査で出血を起こしてしまい、2日間ほど入院することもあります。そのうえで、検査の結果は良性の病気で特に治療の必要はないということになるかもしれません。

少し極端ですが、このようなストーリーを想像してみると、検査のもたらしうる「害」が見えやすくなります。

 

良性の病気を確認すること自体は、大切なことではありますが、その過程で繰り返しのCT検査による被曝とその費用、針を刺される痛み、出血による入院などさまざまな負担を強いられていることがわかります。これらの負担はいずれも胸部X線検査のもたらした害です。なぜなら、本来は必要なかった検査だからです。

 

このストーリーで、検査の「益」が「害」を上回ったと自信をもっていえるでしょうか。

このようにどのような検査にも益と害があります。益と害は過去の統計からそれぞれどのような確率で起こるのかがある程度予測できています。このため、予測される益と害のバランスを考えて検査を行うかが判断されるのです。

ここで考えていただきたいのは、検査を受けてから益や害を実際に受けるまでのタイムラグです。胸部X線の例でいえば、毎年の健康診断でX線検査を受けるようになってから、何年か後にたまたま異常が見つかり、それが肺がんとわかり、治療を受けて根治するという「益」を受けるまで、実はかなりのタイムラグがあることがわかります。

あるいは、便潜血検査による大腸がん検診の場合には、タイムラグが10年あると考えられています。もちろんすぐに何かの役に立つことも起こりうるわけですが、平均的にこれほどタイムラグが長い検診もあるということは理解をしておく必要があります。