言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。

これは人生のささやかな秘密と、その解放の物語。

 


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第25話 シングルマザーの逆転大作戦③

 

「じゃあ行ってくるね、お弁当ありがとママ!」

「頑張って! 塾が終わるの20時だよね? ゴールデンウィークなのに大変だねえ、夜は迎えにいくよ」

桃香は、教科書とお弁当を担いで出発した佐知を見送った。世間は連休だが、小6受験生は朝から晩まで講習だ。

――まあ、うちにとってはこれもありがたいよね。不動産業のシングルマザーだと、佐知はいつも民間学童に預けるしかなかったし……。

さあ、私も出勤だ、と桃香は声に出して自分のお弁当も袋に入れた。

幾度かの話し合いを経て、佐知と桃香は中学受験を決意した。そのとき、すでに中学受験界隈でいうところの新六年生3月。本番まで正味10ヶ月ほどの戦いは、どこの塾に尋ねても困惑された。講師たちも「やるだけやってみるけれど……」と言葉を濁す。他の子が総仕上げに入る時期にイチからやるというのは責任は持てないと言いたげだ。しかし桃香としては、そんな及び腰では困る。こちらはやるからには本気も本気、貴重な予算を投じた大博打。せめて同じくらいのパッションでともに戦ってくれる気概がなくては勝てる気がしない。

いくつかの塾を巡ると、現在通っているこじんまりとした駅前の塾だけが、桃香と佐知の話を親身になって聞いてくれた。散々な点ではあったが入塾テストと2時間におよぶ面談の後、教室長が「わかりました。佐知さん、一緒に頑張りましょう」と言って手を差し出してくれた。

受験生としての生活が始まると、佐知はウキウキと嬉しそうに塾に通っていた。「大人でも解けなそうな問題でクイズみたいだし、できなくて当たり前っていうポジション、実はオイシイ」などとおどけて、先生を授業後質問ぜめにしている。

やるだけやる、やるからにはやる、という見解で一致している佐知と桃香の中学受験だが、桃香には一つだけ心配なことがあった。