シングルマザーに中学受験は「分不相応」!?


――学費とか入学金は、なんとかなる。初年度は130万円くらい。倹約してきたから貯金があるし、一括で払ってもらった養育費も手を付けずにやってきた。次年度以降はそこまではかからないし、私になにかあっても中高6年間の授業料と、学資保険で大学授業料もなんとかなる。……でも、私立女子校の交際費ってどのくらいかかるんだろ?

桃香は職場までバスに揺られながら考えこんでいた。

佐知は当初、遠慮をして「受験したい」とは言わなかった。しかし挑戦したいと思っていることは、桃香にはわかっていた。桃香も正直言って、迷った。わざわざ受験しなくても、高校か大学から行きたい学校に行けば充分ではないだろうか。そりゃ私立に行ったらメリットはあるんだろうけれど。

迷いながら、ネットで情報を収集した。同じ悩みに対する回答の1番上にきたのは、「シングルマザーで中学受験は『分不相応』。

しかし桃香は、その単語を見たときに、覚悟を決めた。

シングルマザーなのは、桃香だ。佐知じゃない。離婚したことで何か問題が生じるならば、その不利益を被るのも、跳ね返すために努力するのも、桃香であるはず。佐知には、他の子と同じように、挑戦する権利がある。子どもは、親の従属物なんかじゃない。それは荒んだ家庭環境で育った桃香が、まだ力がなくて家にいるしかない思春期の頃に何度も心の中で叫んだ言葉だった。

 

子の権利は、誰にも、親である桃香にも奪えない。そして佐知は、親ばかかもしれないけれど、勉強だけではなくもっと大きな……教養や人との出会いがあればそれを自分の糧に変えられるタイプの子だと思っている。

どうしても無理ならば仕方ない。でも、慎重に計算したうえで、少なくとも私立学校が提示するお金を途中で払えなくことはなさそうだ。今の生活レベルであれば、私立にかよったうえで多少の余裕はある。

 

しかし桃香にはそれでも漠然とした不安がある。

もしかして、私立に行って『ドラえもん』の“スネ夫”みたいな生活をしてる人しかいなかったら……? いろんな家庭環境のひとがいると中学受験フェアで会った先生は言ったけれど、毎月のようにディズニー、冬はスノボで夏はハワイの別荘とかだったら? 佐知が除け者にされたらどうしよう?

こんなとき、桃香は佐知の父親の信也といた頃を思い出す。

信也曰く、教育ママゴンのもとで育った彼は、桃香には眩しい特技をいくつか持っていた。綺麗な字。ピアノ。スキーとスノボ、英会話。加えて言うならば、整った歯と学歴。

親になった今、痛感する。これを子どもに当然のように与える人たちがたくさんいて、そのためにはたっぷりとしたお金、なにより母親に子育てに邁進する充分な時間と精神的余裕が必要なのだ。そして稼ぎ手として孤軍奮闘する桃香には、残念ながらどれもない。

幸か不幸か、そのことはこれまであまり問題にならなかった。近所のママ友は皆パートか社員で働いていて、ゆるくて平和な空気のなか、「目が届かないときも多いけど仕方ない、子どもは勝手に育つでしょ」と笑いあっていた。

しかし、中学受験する母親というのは、どうやら世界もタイプもまったく異なるらしい。

怖気づく気持ちを抑え込み、桃香はある決心をして、息をひとつはいた。