パリのアパルトマンの窓から見る、愛の国フランスに住む日本人の恋愛模様、不倫、妊娠、パートナーや家族の在り方とは……。

フランス在住の作家・パリュスあや子さんによるミモレ書き下ろし連載小説の第4弾がスタート!

今回は、フランスで年下の夫との新しい命をお腹に宿した、蘭(らん)のお話。

 


「プティット・クルヴェット」(1)

 


1.全く実感の湧かなかった「妊娠」 


〈SAGES-FEMMES EN GRÈVE(助産婦ストライキ中)〉

初めて訪れた産院の入り口に、力強い赤文字の横断幕が張られていてギョッとした。産気付いて駆け込むと、病院は無人――そんな恐ろしい場面を想像して足が止まる。

「ちょっとリュカ……産院でストって、ここ大丈夫?」

私は声を潜めて先を歩く年下の夫・リュカの袖を引っ張った。

「あぁ、このメッセージ? 本当にストライキやってるわけじゃないよ。医療従事者みたいに実際に仕事を休めない職種の人は、こうやって意思表示して仕事の環境や条件に対して不満を示したり、改善を求めるんだ。〈スト中〉って腕章をしながら働いたりね」

心配ないと笑われてホッとしたが、早速日仏の違いを見せつけられた思いだった。
パリ暮らし二年目、三十九歳での妊娠。出産時には四十。ただでさえ高齢出産で不安なのに、文化の違う外国で無事に乗り越えられるだろうか……

「蘭(らん)、すごいよ!! ありがとう!」

産院予約日の約二ヵ月前、涙もろいリュカは妊娠検査薬を手にしたまま、目を真っ赤にして感極まった声を出した。

「良かったね」

そう返しながら、自分の感情が不思議なほど動かないことに戸惑っていた。リュカが大喜びしてくれるのは嬉しいが、全く実感が湧かない。