フランス在住の作家・パリュスあや子さんによるミモレ書き下ろし連載小説の第3弾。日本からフランスの大学院へ留学した愛莉。またしてもギヨームと一夜を共にしてしまったが、まだ気持ちを確認できずにいます。
パリの大学院で「映画理論」を学ぶ
「街角にシャンソン」(9・最終回)
9.
「レコードコーナー、見てもいい?」
ソユンと一緒によく行く古本屋には、大量の中古レコードも売られている。今まで気にも留めていなかった階に、初めて足を踏み入れた。
「愛莉、レコード聴くんだね」
「ん、私じゃなくて、実は――」
レコードをあさりながら、なんてことない世間話の体で、ギヨームのことを伝えた。
「おめでとう!」
ソユンはパッと顔を輝かせ、祈るように胸の前で両手を握り合わせた。
冷ややかな眼も覚悟していたから、こんなに喜んでくれるなんて涙ぐみそうになる。
「ごめん、本当はもっと早く話したかったし、聞いてほしかったんだ。でも自分の心にも、二人の関係にも、自信が持てなくて……」
「わかる、友達と恋人の線引きが曖昧で不安になるよね。でもフランス人からしたら『まず告白? かわいらしい文化だね』って感じみたい」
ソユンの口ぶりに、ハッとする。
「もしかして、ソユンも?」
「実は、前に話した友達と――」
今度は耳まで赤くなったソユンに、私も「おめでとう!」と飛び跳ねてしまった。
「愛莉たちは、今『お試し期間』なんだと思う。私もそういう状態に悩んで、思い切って聞いたんだ。『私はあなたの何なの?』って……すごく怖かった」
一度言葉を切ると、ソユンは恥ずかしそうに、でも幸せいっぱいの笑みを浮かべて大きく頷きかけてくれた。
「でも、きちんとお互いの気持ちを確かめ合えれば大丈夫! それからは一直線で『マ・シェリ(愛しい人)』、『モン・ナンジュ(僕の天使)』の世界だよ」
いかにもな恋人の愛称に、噴き出してしまう。二人で含み笑いを交わしていると、悶々と苦しんでいたのが嘘みたいに心が軽くなるのがわかった。
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