時代の潮目を迎えた今、自分ごととして考えたい社会問題について小島慶子さんが取り上げます。
あなたは荷物の多い人ですか? ちっちゃなバッグひとつでお出かけできてしまう人かしら。私は、笑ってしまうくらい荷物が多いです。腕には頻繁に出し入れするものを入れた中型のトートバッグ。加えて、リュックを背負っています。リュックは一日中開けないこともしょっちゅう。ではなぜいつも亀のように背負って歩くのか。避難グッズ一式が入っているからです。
11年前に東京で東日本大震災を経験してから、出先で大きな地震が起きた場合に備えて避難用具セットを持ち歩くようになりました。携帯トイレやアルミケット、マスク、下着のライナー、居場所を知らせる笛、東京の地図、充電器や栄養バーなど合わせるとゆうに1キロ以上。水もいつも水筒で持ち歩いています。そう話すと友達はみんな笑うのですが、私は至って真剣です。だって私、この東京で被災しても、だーれも助けに来てくれないもん。家族は8000キロ彼方のオーストラリアだから、一人で生き抜かなくちゃならない。仕事中ならマネージャーさんがいるけど、そうじゃない時はひとりぼっちの帰宅困難者になるわけです。なんとしても歩いて自宅までたどり着くか、避難所にたどり着くかしなければならぬと思うと、手ぶらで遠出なんて恐ろしくて無理。だってここは東京砂漠。人の温もりは当てにならぬ街だもの……。
いささか人間不信が強すぎるのは小心者ゆえですが、そんなわけで靴も「とっさに走れて、長く歩けるもの」しか買いません。揺れたら安全な場所に身を隠すことが必須ですが、特に高層階にいるときは揺れが半端ありません。その中をヒールで素早く動くのは至難だし、怪我の元。路上では、これまたヒールが路面に引っかかったりして転倒リスクがあります。そもそも揺れていないときだって、道路を歩くとマンホールの穴にハマったり側溝にハマったり、ヒールってどう考えても通勤族用ではなく、馬車やロールスロイスで乗りつけてパーティ会場をそぞろ歩くセレブのための履き物ですよね(一説によると、元々は地面にナチュラルに人糞が落ちていた昔のヨーロッパで衛生上考案されたものだそうですが)。
私がヒールを履かないのは震災前からの習慣です。妊娠中はずっとフラットシューズだったし、子供の送迎をするようになったら、バギーを押して疾走できるよう、あるいは子供を乗せた自転車を全力で漕げるよう、そしていきなり走り出す子どもを瞬時に捕獲できるよう、平たい靴が必須となりました。私生活でヒールのある靴を履くのは、葬儀の時だけ。それだって会場に持参して、往復はフラット移動です。
そんな私は、街でミュールでパカパカ、ヒールでグラグラ歩いている人を見かけると心配でなりません。「ねえそれ、あの、もし今地震が起きたらちゃんと逃げられる? で、帰宅困難になったらお家までそれで歩ける? 怪しい人物に追われた時に、全力で走れる?」と、ハラハラしてしまうのです。フィット感のルーズなビーサンでペタペタ歩いている人も気になります。君それ、ほぼ裸足だよ? と。
心配のあまり、東京都知事の舛添要一氏(当時)と番組で共演した際、収録の合間に「都の避難用品の備蓄に、食料や防寒具の他に是非スニーカーを!!!」と直訴したほど。ちゃんと備蓄してくれたかしら。
とはいえ日本の夏は蒸し暑いので、サンダルを履きたくなるもの。私も履くことがありますが、靴底がしっかりしていて、足に固定される設計のものにしています。つまり走っても脱げないやつ。だから靴を買うときは必ず、売り場で走ります。かなり恥ずかしいけど、避難時の安全を考えたらいっときの恥はなんでもありません。買った靴に裏がついていなくてツルッとしている場合は、滑り止めのゴム裏を貼ってもらいます。とまあここまで靴に力を注いでるのに近頃めっきり運動不足で脚力が落ちているのが最大の避難リスクだと今気がつきました……。
11年前の東日本大震災の直後は、ヒールを履くのをやめたり、携帯用のフラットシューズを持ち歩くようにしていた人もいると思います。防災用品ポーチをバッグに常備していた人もいたでしょう。でも、いつの間にかやめてしまっていませんか?嵩張るしね。ヒール好きな人は、カツカツ颯爽と歩きたいでしょう。でもあの、老婆心ながらですね、やっぱり多少荷物が増えても、最低限の防災グッズと、折り畳めるフラットシューズの携帯をお勧めします。自宅の備蓄だけでなく、出先の備えも忘れずにいたいですね。
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