「赤ちゃんがダウン症ってわかったらどうする?」
食後にハーブティーを飲むも、物足りない。
締めに濃いカフェを飲むのが習慣だったし、妊婦の身体を心配するリュカは、今まで食べていた極甘のクッキーやアイスも退け、果物やらヨーグルトを薦めてくるようになった。
「もっと甘くなきゃデザートじゃない」
糖分は我慢しなきゃとわかっていても、ぶつくさ文句が出てしまう。
幸い、食べ物の好き嫌いが一層激しくなっただけで、恐れていたようなつわりはなかった。「赤ちゃんの成長のため」と毎食ガツンと肉を食し、体重も着々と増えている。
ひとつだけ、とチョコレートを頬張る私を見逃してくれ、リュカはメール着信のあったスマホ画面に視線を落とした。不意に困惑したような瞳を上げる。
「350分の1の確率。要再検査だって」
んッ――思わず喉が詰まったような呻きを漏らしていた。
フランスでは2011年から全妊婦を対象にダウン症候群の検査がある。
ただ強制ではなく、受けなくても構わない。先日受けた妊婦の保険対象となる初回エコーで胎児をスクリーニングした際には「確率ほぼなし」と言われていたが、その後に受けた母体血清マーカー検査の結果が届いたのだ。
すぐに結果と共に送られてきた書類を持って、検査精度のより高い新型出生前診断・NIPTを受けにラボへ出かけた。採血した帰り道、眉間に皺が寄っていくのがわかった。
「結果は二週間後みたい。妊娠の件、久実子にはもう少し黙ってようかな」
夕飯の準備を始めてくれていたリュカの背中にそう伝えると、包丁を置いて身体ごと私に向き直った。
「結果次第では、言わないってこと?」
面と向かって問われ、まじまじと見つめ返してしまう。
「……リュカは、赤ちゃんがダウン症ってわかったらどうする?」
「産んで欲しい」
一拍置き、しかし迷いなく、力強く。リュカのその揺るぎなさに動揺した。すぐに返事ができない。
「もちろん僕一人で決めることじゃないし、蘭の考えを尊重する」
そっと柔らかく付け足され、ようやく小さく頷き返す。リュカはにっこりして再び包丁を握り、私は無言で台所から退出した。
命を授かる、ということに、未だ自分は確固たる考えも責任も持てていないのだと突き付けられた想いだった。
親友・久美子への妊娠報告、そして、検査の結果はーー?
<新刊紹介>
『燃える息』
パリュスあや子 ¥1705(税込)
彼は私を、彼女は僕を、止められないーー
傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)
依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)
現代人の約七割が、依存症!?
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!
撮影・文/パリュスあや子
構成/山本理沙
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