「それでも、有名私学は裕福だったり、教育熱心だったりする家庭がメインなのは間違いありません。いたずらに佐知さんの自尊心が傷つくことのないように、学校のことをよく調べるのはもちろん、お母様自身も、心配しすぎたり卑屈になったりすることのないようにしてください。
合格して、授業料などをきちんと納めていれば、あとはある程度割り切ることも必要です。上を見ればきりがありません。その学校に通わせるメリットをとると決めたなら、堂々としていればいいんじゃないでしょうか」
桃香は、塾長の言葉がじわじわと染み込んでいくのを感じた。忖度のない、佐知のことを一番に考えた意見だ。本当はそれを佐知の「父親」と話し合いたかった。家族のことは家族で。そうするべきだと思っていた。
でも、素直に相談すれば、手を貸して親身になってくれる人もいるのだ。こんな風に。
桃香は深く頭を下げた。
大丈夫。母親がパーフェクトじゃなくても、シングルでも、周囲の力を借りて前に進むことはできる。桃香は、もうこの問題で悩むのをやめて、その分の時間を佐知にピッタリの学校選びのために使おうと決意した。
夜更けの告白と、佐知の異変
あっという間に3ヶ月が経ち、夏が来た。
受験生の天王山、夏休み。佐知は来る日も来る日も塾に行き、地道に勉強を続けていた。読書好きが幸いしているのだろう、国語は安定して高得点だったが、算数は波が激しく、社会と理科は散々だった。受験勉強を始めて5ヶ月、当然だろう。
桃香の感覚から言えば、今まで自分は一度として取り組んだことのない量を佐知はこなしている。自分の娘とはいえ、心から尊敬していた。
「ママ、何にも知らなかったなあ。こんなに勉強している人相手に大人になってから急に競っても、努力ゼロだったママが挽回するのはなかなか難しいよねえ。私が佐知の歳の頃なんて、りぼんとなかよしを友達から借りるのが一番の楽しみで、」
子どもや家庭に興味がない親に代わって、家事を押し付けられて、それを疑う余裕もなくて、という言葉は辛うじて飲みこんだ。
「ママは勉強苦手だったとしても立派に働いてるじゃん、一人で家事もしてさ。スーパーママだよ。充分世間で戦えてるでしょ」
22時。塾から帰ってきて、眠る前にダイニングで漢字の書き取りをしながら、佐知が笑った。
「……いや、そうじゃないの。何でもやらなきゃならないのは当たり前なのよ。だって『自業自得』なんだから」
佐知は、手を留めて、首を傾げた。
「自業自得……?」
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