「ママに足りないのは…」破られたタブー
桃香はコーヒーとココアを淹れると、佐知の前に置き、自分もダイニングに座った。
「佐和のお父さん。家庭に向かない人で、出て言っちゃった、って言ったよね」
「……うん」
物心ついた頃からほとんど出てきたことのない父親の話になって、佐知は目を白黒させている。
「ほんというとね……家庭に向かないのは、ダメなのは私のほうだったの」
「どういうこと?」
佐知が静かな声で尋ねた。その声は、もう子どもの声というよりも、若者の声のように桃香には聞こえた。
「私ね、円満な家庭とか結婚生活っていうのが全然イメージできなくて。小さい頃、家庭が崩壊していたから、そうなりたくなくて、必死で『まともな』女の人を装って結婚したんだよね。変な思い込みが強くて、無意識に自分を演じてた。育ちが良くて優しい佐知のお父さんに合わせようと必死で。ちょっと言いたいことがあっても、自分が我慢すればいいんだって。
でも、今思えばそれって傲慢だし、間違っていた。そのくせ愛してほしい、甘やかしてほしいっていう愛情に飢えた気持ちが人一倍強くてね。完全にドツボにはまってるよね。話し合いはしないけど、不満はあって、でも向き合わないまま全部こうしてほしい!! って……信也さんを追い詰めたの」
桃香は、佐知の顔を見るのが怖くて、手元に視線を落としたまま、話を続けた。佐知は一言も発さずに聞いている。
「信也さんが中高時代の友達と遊びに行くのを見たり、大学受験の話をしたりするたびに、モヤモヤしてた。私って本当に運が悪かったんだ、今で言う『親ガチャ』に外れたんだな、とか。
だって、あまりにも私が受けた扱いと、彼が受け取った愛情やお金や教育が違ったから。おまけにそれにさえ、ハタチ過ぎまで気が付かなかった。でも、そういう卑屈な自分を絶対に見せないように、虚勢を張って。
だからね、夫婦仲が崩壊して離婚することになって、佐知に要らない苦労させてるのは私なの。パパじゃなくて、私のせい。ごめんね、佐知。嘘ついて」
「……だから、何? 今更、そんなこと関係ない」
桃香は、顔を上げた。そこには、予想通り、いや想像以上に怒りに満ちた佐知の目があった。佐知がこんな視線を投げかけてくるのは、初めてだった。そんな口調も。桃香は自分の真意をうまく伝えられないことに焦って、言葉を続けた。
「だから、佐知は私に遠慮する必要なんてないってこと。……佐知本当は、春に受験フェアでシスターと話した女子校に行きたいんだよね? iPadの履歴見たらわかるよ……。でもお嬢様学校だから、遠慮してるんでしょう? 私に気を遣って志望校を変える必要なんかないのよ、悪いのは全部」
「ママだって言いたいの!? そんなこと言われて私が、ママのせいだなんて思うと思ってる? その上、能天気にあの学校に出願しろって!?
ママ、何にもわかってない。志望校のことだって、シスターがいくらシングルでも大丈夫って言っても、入ったらいろいろあるんだよ。知ってる? 任意の海外研修が毎年あって、毎回50万円もかかる。皆が何回も行くのに、私だけ1回も行けない。
行事は両親揃って見に来るのが当たり前だし、大学だって浪人は毎年ほとんどいなくて、そのために皆高い予備校にバンバン通ってるんだよ? 皆ピアノでショパンがジャンジャン弾けて、毎週末は家族でお出かけ。遊びに行くために親がベンツで送迎。私、聡子のお姉ちゃんに全部きいたの。ねえ、どうやってうちが通うの? ママに足りないのはね、想像力だよ」
佐知は、一息にそこまで言うと、椅子をたおす勢いで立ち上がり、部屋に駆け込んだ。
桃香は追いかけることもできずに、呆然と、冷たくなった指先を白くなるまで握りこんだ。
ついに本心をぶちまけた佐知。それを聞いた桃香が選んだ道とは?
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