寂聴さん、フォロワー3万人超えの人気インスタグラマーに


寂聴さんが死の間際まで作家として活動できたのは、若者並みに新しいものへの関心が高かったからかもしれません。瀬尾さんはそのことが分かるエピソードを書き記しています。

「新しいもの好きな先生は、スマートフォンが出ると即座に使い始め、今はタッチパネルでメールを打っている。私は、もっと若い人たちに先生のことを知ってほしくて、インスタグラムを始めることを先生に提案した。『人の写真なんか見て楽しいの?』と先生は半信半疑だったが、始めるとすぐにフォロワーと呼ばれる読者がみるみる増え、1ヵ月もたたないうちに3万6000人になった。日々みるみる増えていく数字に先生はワクワクして『今日、何撮る? リハビリは? 寂庵の庭は?』と自ら提案してくれる」

寂聴さんの若さを物語るもう一つの要素が無邪気さでした。瀬尾さんは、彼女の子どものように素直な性格もまた長生きの要因だと考えていたようです。

「バースデーケーキをスタッフ皆で食べるとき、『自分ばかり大きいのを選んで』と先生は私をにらんだ。思わず、『これなら大丈夫だ、100歳いく』と確信できた」

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コロナ禍の中で迎えた寂聴さんの98歳のバースデー(写真提供/瀬尾まなほ)


瀬尾さんが「まだまだ大丈夫!」と思えた理由


気持ちは誰よりも若々しい寂聴さんでしたが、決して老いから目を背けていたわけでありません。身体的な老いに関しては素直に受け入れ、隠すことなく周囲に伝えていました。

「先生が『もう仕事したくない。しんどいのよ』と言うと、私は『ダメですよ。締め切りをとうに過ぎていますから寝てはいられません』と秘書らしく言うのだが『まなほには、このしんどさが分からないよ』と返されると反論できない」

寂聴さんは老いを素直に受け入れる一方、死に対しては必要以上に恐れず、ときには冗談めかして話すほどでした。ちなみに、転倒して顔が腫れた状態で入院した寂聴さんが退院した時のエピソードからは、彼女のとてもユーモラスな一面を知ることができます。この軽やかさこそが、創作意欲を失うことなく明るく長生きできた理由かもしれませんね。

「無事に退院し、寂庵に帰ってきた先生。顔の腫れもだいぶ引いて、元の先生の顔が戻ってきた。『いっそこの際、整形しようかしら』なんて言う先生。うん、まだまだ大丈夫!」

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『寂聴さんに教わったこと』
著者:瀬尾まなほ 講談社 1320円(税込)

2021年11月9日に逝去した作家・瀬戸内寂聴さんの66歳年下の秘書が、寂聴さんとの最期の日々をつづったエッセイです。寂聴さんと著者とのユーモラスなやり取りにほっこりしつつ、寂聴さんの名言の数々に元気と勇気をもらえるでしょう。



構成/さくま健太

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