女性の政治記者へのセクハラは決して珍しくない。それどころか、セクハラは日常的に隣り合わせだった――。男性社会で働く女性記者たちに立ちはだかった「壁」、その壮絶な裏側についてつぶさに教えてくれるのは『オッサンの壁』の著者・佐藤千矢子さんです。

佐藤さんは1987年に毎日新聞に入社、1990年に政治部に配属され政治部記者として活躍。その後ワシントン特派員などを経て、2017年に政治部部長に就任しました。佐藤さんは永田町と政治メディアのありようを長年にわたり見続けてきた、ベテランの女性政治記者なのです。

著書『オッサンの壁』の中には、男性優位の職場で働くことの苦悩や葛藤はもちろん、女性の政治記者だからこそ受けた「セクハラ」の数々も赤裸々に記されます。セクハラという言葉が浸透していなかった時代。女性記者たちはいったいどのような状況におかれていたのか。時代を経て、社会は変わることができたのか。本書を紐解きながら、その現実を見ていきたいと思います。

 


おっぱい好きな大物議員と、セクハラ慣れした議員秘書


2017年にWebメディアが企画した女性記者座談会で佐藤さんは、今は亡きある大物議員のセクハラについて言及。その議員は、小料理屋に行くと仲居さんの着物に手をつっこんでいるような、「おっぱいを触るのが大好き」な人物でした。そんな議員の隣にたまたま座った時、ふざけて「佐藤さんのおっぱいも触っていいかな」と言ってきたといいます。

これだけでも信じられない話ですが、こうしたセクハラはまだ軽微なほうで、女性記者たちの間では「よくある話」だったとか。

 

佐藤さんが「おっぱい大好き議員」より重く受け止めたのは、記者の「夜回り」を逆手に取った議員からの卑劣な行為でした。夜回りとは、取材先の自宅や議員宿舎に夜に訪問し、貴重な情報をとるための取材手法です。佐藤さんの身にいったい何が起きたのでしょうか。

「ある晩、たまたま他の記者が誰も夜回りにやって来ず、議員と私だけの一対一の懇談になった。最初はいつものようにリビングのソファの下に座り込む形で普通に話していたが、いきなりにじり寄ってきて、腕が肩に回って抱きつかれるようなかっこうになった。『やめてください』と何度か言った。それでもなかなかやめようとせず、最後は振りほどくようにして逃げ帰ってきた。その時、別室に秘書が待機しているのが見えた。秘書は慌てる様子もなく、普通にただそこにいた」

このセクハラにあったのは20年前。この大物議員もすでに亡くなっているそうですが、議員の卑劣な行いに加えて佐藤さんがショックを受けたのは、むしろ「止めようともしなかった秘書」の行動でした。その態度から、自分のような目にあった女性がこれまでにもいるということが、容易に想像できたからです。