反省しない社会
1989年の新語・流行語大賞で「セクシャル・ハラスメント」が新語部門を受賞してから、30年以上。2017年に世界中で巻き起こった「#MeToo運動」からも約5年が経過しました。さて、2022年の今はどうでしょうか。先日から取り沙汰されている、日本映画界のセクハラ・性加害のニュースにも見て取れるように、女性がセクハラ被害者になる現実は結局なくなっていません。
これだけ認識が広まってきたにもかかわらず、なくならないのはなぜなのでしょうか。佐藤さんは本書の中で、2018年に報じられた財務省の福田淳一事務次官の、テレビ局女性記者セクハラ発言疑惑にまつわる騒動の時に耳にした「ある政治家」の言葉を引用して、このように語ります。
「『福田氏のような話(セクハラ発言)で辞任させれば、日本の一流企業の役員は全員、辞任しないといけなくなるぞ』。本人に発言の確認を直接とっていないし、客観的事実と異なることを言っているので、匿名でしか書けないが、私はいかにもありそうな発言だと思った。この発言が本当だとしたら、国会議員、中央官庁の幹部だけでなく、民間企業の幹部だって同じだと、政治家自らが言ってはばからず、反省もしない社会とは何なのか。『オッサン社会』の深い病を思う」
女性活躍社会を、本当に作りたいのなら
セクハラはしてはいけない行為、という当たり前の認知がこれだけ浸透したにもかかわらず、被害を訴えられない、泣き寝入りしてしまうケースも少なくない現状。女性の活躍推進が叫ばれる昨今、女性側も男性部下に対するハラスメントによりいっそう注意すべき、としながらも、佐藤さんはこのように問いかけます。
「セクハラ被害に対しては、相手に直接抗議するか、会社の相談窓口や労働組合などに相談し、相手に事実関係を認めさせ、謝罪と再発防止を確約させる必要がある。しかし、一般的にいって会社へのセクハラ相談は、依然としてハードルが高いようだ。女性たちが会社側の対応を信頼できないのが一因だろう。
男女雇用機会均等法にセクハラ対策が初めて明記されたのは1997年。その後、改正を重ねたが、いまだにセクハラの禁止を盛り込むことはできていない。セクハラは厳罰をもって対処しない限り、なくなることはないが、日本社会の対応は極めて甘い。ハラスメントに苦しむ人に対し、周囲が見て見ぬふりをしているうちは、皆が気持ちよく働き、ひいてはそれが業績につながる会社や社会をつくることはできないだろう。ましてや女性活躍社会なんて、絵空事でしかない」
著者プロフィール
佐藤千矢子(さとう・ちやこ)さん
1965年生まれ、愛知県出身。名古屋大学文学部卒業。毎日新聞社に入社し、長野支局、政治部、大阪社会部、外信部を経て、2001年10月から3年半、ワシントン特派員。米国では、米同時多発テロ後のアフガニスタン紛争、イラク戦争、米大統領選を取材した。政治部副部長、編集委員を経て、2013年から論説委員として安全保障法制などを担当。2017年に全国紙で女性として初めて政治部長に就いた。その後、大阪本社編集局次長、論説副委員長、東京本社編集編成局総務を経て、現在、論説委員。
『オッサンの壁』
著者:佐藤千矢子 講談社 990円(税込)
新聞社の政治記者として働いてきた著者が、永田町と政治メディアで感じたオッサンの「壁」とは? 男性優位の職場で働く女性記者が直面した、政治家からの耳を疑うような一言やセクハラの数々。さらに政治分野における女性進出の壁、壁を壊すために必要なことなど、さまざまな視点から「男社会」を見つめ直す。「男性でもオッサンでない人たちは大勢いるし、女性の中にもオッサンになっている人たちはいる」と著者が語るように、女性も男性も「自分は大丈夫か?」と我が身を振り返りながら読みたい、そんなエピソードと考察が詰まった一冊。
構成/金澤英恵
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