「もう、がんばれ、ない……」壮絶な陣痛体験
「すごい! イイ波きてるよ!」
跳ね上がった波形に、リュカは興奮を露わに強く手を握り返してくれる。
なかなかやって来ない医師を待つ間、横向きに寝て縮こまり、フーッフーッと猛った猫のように身体全体で息をしながら「一体いつ麻酔をしてくれるんだ」と怒りが突き上げてきた。今が痛みのMAXではないのか。そのとき背中に冷たい手が触れ、叫んだ。
「ちめたッ! 触んなッ‼︎」
さすってくれたリュカには悪いが、皮膚感覚が敏感になっているのか不快で仕方ない。陣痛で切羽詰まり、思いやる余裕もない。
「すばらしい、自然に陣痛がきましたね。分娩台が空き次第、移動します。もう少しがんばって」
ーーここでも「空き次第」かよ……
眉を逆八の字に吊り上げた鬼の形相で、前の妊婦が安産で早くどいてくれるよう祈る。
「お待たせしました、移動します。歩けますか?」
嘘だろと泣きたくなりながら、看護師に支えられ、分娩室まで歯を食いしばって歩く。やっとの思いでベッドに寝かされると、
「もうすぐで麻酔科医が来ます。もう少しがんばって!」
また待つのかと気が遠くなる。リュカは外で待つよう指示があり、一人でいると更に時が経つのが遅い。
ついに麻酔科医が現れたときは、神の降臨かと崇めたくなった。分娩台に背を丸めて座らされ、ぶすっと針が刺さる。やっと、やっと無痛分娩がーー
「あれ、おかしいな」
背後でぽつりと聞こえた呟きは勘違いだと信じたかったが、不思議なことに普段は聞き取れないフランス語がはっきりわかる。アシスタントに「いいとこ入ってるんだけどな」とぼそぼそ言い訳しているのまでわかる。
「痛みの最大値を十で表すと、今いくつですか?」
「十ッ‼︎」
殺意を覚えた。痛みはこの四十年の人生で経験したことのない凶暴さで腹底から四肢へと響いてくる。その陣痛の波をやりすごし、次の大波が押し寄せる前に麻酔を打たねばならない。
結局三回針を打ち直し、やっと成功した時はもう体力の限界だった。だが身体を横たえようとすると「動いたら、今までの全てが無駄になる。じっとして!」と無茶振りしてくる。
嵐のなか荒々しく打ち付ける波に揉まれ、それでも動くなと言うのと同じだ。不可能に近い。もはや絶望で朦朧としてきた。
「あと十分で麻酔が効いてきますから。もう少しだけ、がんばって!」
ーーもう、がんばれ、ない……!
必死で保ってきた精神力も切れ、痛みが爆発した瞬間にずるっと下腹部からすべり降りる塊を感じた。「ちょっと待って!」と慌てる声が聞こえたが、これ以上なにを待てるか。
駆け込んできたリュカが、後に「地響きのような咆哮」と評した雄叫びと共に、どばどば熱いものが溢れた。
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