怒り、苛立ち、言葉にならない叫び


――晋さんが寝たきりになられてからは、徘徊はなくなったものの、毎日克子さんがつきっきりで介護されていたんですよね。晋さんのリハビリもかねてデイサービスも利用されたそうですが、なかなかうまくいかなかったとか……。

克子 寝たきりになる前にもデイサービスをふたつほど利用させてもらったんですけど、最初はいいんですけどね。どちらも続かなかったですね。あるとき、怒った拍子に施設のスピーカーを倒したことがあって。壊れたのはひとつなんだけど、スピーカーはふたつでセットだから、両方修理しないと使えないんですって、施設の方に言われて。修理代で15万円くらい弁償したこともありました。

――そんなふうに怒ったりすることは、普段ご自宅でもあったんですか?

克子 大声を出すことは、やっぱりありましたよ。私が目が痛くなって、眼科に行ったときのことなんですけど。「ちょっと眼科に行ってくるから待っててね」って、夫に声をかけて出かけたんです。でも、病院が思いのほか混んでいて帰りが夕方になってしまって。帰ってきたら、夫がベッドの上で大声で叫んでたんですね。私が見当たらなくて不安になったんでしょうね。その後しばらく叫ぶ日が続いたので医者の次男に電話で相談したら、「落ち着かせるためのお薬が必要なときもあるよ」って。そうじゃないと両方がまいっちゃうからと言われて、お薬を処方してもらったこともありましたね。

 


介護施設に入れることは、考えたこともなかった

桜の季節、車椅子で家族でお花見。

ーー言葉にならない声にも何か意味があるかもしれない。そう思って、克子さんが晋さんの声に耳を傾け続けたようすは、本の中でも印象的でした。ですが、精神的な負担も小さくなかったのではないでしょうか。晋さんを介護施設にお任せすることは考えませんでしたか。

克子 考えたこともなかったですね。でもね、病院で出会ったある女性は、ご主人が認知症だったんですけど、「主人がどうしても施設に入りたいって言うので、入れたんですよ」とおっしゃっていて。奥さんが勧めたんじゃなく、ご自身で入りたいって。私は専業主婦だったこともあって「自宅で介護できる」と判断したわけですけど、ご本人が希望したり、お仕事されていたり、責任ある立場の方もいらっしゃるでしょうからね。介護は、そのご家庭ごとの選択ですよね。