皆さま、こんにちは!

前回のブログで佐々木伸次朗さんと中野真太郎さんをご紹介しました。今回はフロリダ州オーランドで道場を主宰する佐々木さんについて深堀りします。

現役時代の佐々木伸次朗さん。1980年広島県出身、-60kg。近代福山高校―日本大学―了徳寺学園職員柔道部。主な戦績は2001年正力杯全日本学生体重別柔道大会優勝、2005年講道館杯優勝、2007年環太平洋選手権優勝など。

タイトルにある「JUDOKA」は文字通り「柔道家」の意。世界の柔道家は、自らを含め柔道選手のことを「JUDO PLAYER」とも呼びますが「JUDOKA」とも呼びます。

ちなみに、同じ大学・実業団以外で男子柔道界にほとんど知り合いがいない私。なぜ佐々木さんと友人になったかというと、二人とも同じ時期にケガをしてJISS(国立スポーツ科学センター)でリハビリをしていたからです。その時リハビリの先生が佐々木さんのことを「コジロウ!」と呼んでいたため私もそう呼ぶようになり、いまだに「コジロウくん」と呼んでいます。

自信がなかった。だからアメリカに行った

――現役引退後、「直感」でアメリカに渡ったんですよね。

佐々木:自分に自信がなかったからアメリカに行ったのかもしれません。中学時代からずっと柔道一筋。アルバイトはしたことがなかったですし、実業団ではプロ選手のような生活だったので仕事もしたことがない。社会経験がないわけです。競技を引退すると決めたものの、自分は何もできない。じゃあとりあえずアメリカに行こう!と、そこは直感で決めました。

佐々木さん、中野さんにZoomでインタビュー。※スクショし忘れたため、録画を切り貼りしたイメージ図です!

――私も競技引退後、社会経験がなくて心配だったなあ……。でもそこでいきなりアメリカに!不安はなかったのですか?

佐々木:なかったですね。アメリカで生きていくためにはどうしたらいいか考え、毎日必死でした。英語はまったくといっていいほど話せなかったので語学学校に入って、人生で一番勉強しました。今も勉強中です。

2度のホームレス経験を経て道場を設立。心折れそうになった時、友がいた

――「2回ホームレスになった」と聞きましたが、本当ですか?

佐々木:本当です。アメリカに来て3年目に自分の名前を冠した道場を開きましたが、それは僕とは別にオーナーがいるもので、僕は雇われの身でした。ある日突然「今日でSASAKI JUDOは終わり。荷物を持って出て行ってほしい」と言われて、ホームレスになりました。二度目に道場を開いた時もオーナーがいたのですが、ほとんど給料をもらうことができず、だまされた形になって。結局そこも突然解散になり、道場と住む場所を失いました。

――すごい経験……。日本に戻ろうとは思わなかったのですが?

佐々木:さすがに心が折れそうになりました。でも学生時代コーチをしていただいていた金野潤先生(現・日本大学柔道部監督)や中野真太郎が「頑張れ!」とメッセージをくれて。それで目が覚めて、「これでは終われない!」と、自分を奮い立たせることができました。その後は柔道の生徒の親御さんや仲間の助けを借りてまた柔道の仕事を始め、2年間は無駄なお金を一切使わず、自分の道場を開くために貯金しました。

佐々木さんが主宰するSASAKI JUDO。立派な道場です!
 
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