おはようございます!

今日は、カリフォルニア州サンノゼで道場を主宰する中野真太郎さんをご紹介します。

中野さんと私は同じ実業団に所属していました。そのチームに所属する選手は各自の出身大学で練習するという形をとっていたので、常に一緒に練習していたわけではありませんが、苦楽をともにした仲間です。

現役時代の中野さん。1980年宮崎県生まれ、‐60㎏級・‐66㎏級。宮崎日大高校、中央大学を経てセコム株式会社柔道部に所属。主な戦績は1999年全日本ジュニア選手権優勝、2004年全日本実業団選手権優勝、2004年アメリカ国際優勝など。
 


予測がつく未来を捨て、アメリカに


――渡米する前は実業団に所属していたんですよね。

中野:そうです。午前中は仕事をし、午後は出身大学の柔道部の練習に参加していました。私が所属していた実業団はアマチュアリズムを貫いていたので、どんなに競技成績を残しても必ず業務を行っていました。仕事と柔道を両立するのは身体的に疲れましたが、今となっては本当に良い経験をさせていただいたと思っています。

――安定した会社員をやめて渡米。迷いや不安はなかったのですか?

中野:会社員時代は周囲の人に恵まれて楽しく仕事と柔道を続けることができ、特に不満はありませんでした。でもいざ柔道を引退するとなったとき、会社に残って働く自分の未来を想像してみたら、だいたい予測がついたんです。予測できる未来って、安心できる反面ワクワクしないんですよね。そこで、「ワクワクするような、自分にしかつくれない人生をつくっていこう」と思って。渡米するときは、不思議とまったく迷いや不安はありませんでした。今思えば相当無謀だったのですが、夢と希望しかなかったのを覚えています。

――渡米後、サンノゼ州立大学の柔道部コーチに就任したんですよね。

中野:はい。縁あってスカウトされ、2010年から2016年までサンノゼ州立大学柔道部のコーチをしていました。就任当初は練習の中で私自身が学生とたくさん練習をしたり、手取り足取り技を教えたりしました。でも、コーチ・監督にとって選手とのコミュニケーションは非常に大切です。英語で自分の思いや考えを30%ぐらいしか伝えられない自分を毎日嘆いていましたね。また、ここでのちにロンドン五輪銅メダリスト、世界選手権銀メダリストとなるマーティ・マロイと出会い、彼女とともに毎日柔道に没頭しました。世界一の舞台で自分の生徒がメダルを取るという、非常に貴重な経験をさせていただきました。

サンノゼ州立大学で柔道部のコーチをしていたときの一コマ。学生さんも中野さんも良い笑顔!
ロンドン五輪で銅メダルを獲得したマーティ・マロイ選手と中野さん。女子のトップ選手にとって、男子コーチに稽古をつけてもらうことはとても良い練習になります。二人三脚で頑張ったんだろうなあ。


――現在のご自身の道場について教えてください。

中野:アメリカに渡って6年目の、2015年に「Nakano Judo Academy」を設立しました。現在の門下生は170名です。僕のほかに指導者が4名おり、月曜日から土曜日まで27のクラスを開いています。道場とは別に「Nakano Judo Online」としてオンラインのアカデミーも主宰しています。また、子どもたちに向けた柔道サマーキャンプや、毎年夏に「日本柔道ツアー」を開催しています。YouTubeチャンネルもあり、英語で柔道の技を解説しています。

中野さんが主宰する道場 Nakano Judo Academy 外観。ロゴもライティングもかっこいい!
自身の道場で指導する中野さん。子どもたちへの指導も真剣勝負です。
 
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