新刊『奇跡』が発売するやいなや10万部突破。先だっては日本大学の新しい理事長への就任が発表されたばかりの作家・林真理子さん。いつも女性たちの新しい扉を開きエンパワーメントし続けてきた林真理子さんとスタイリスト大草直子さんの特別対談が実現。
世界的な写真家の田原桂一氏と、梨園の妻であり母であった博子さんの「不倫の恋」を実名で描いた小説『奇跡』を大草直子さんはどう読んだのか――。
誰であろうと他人の人生をとやかく言うべきではない
大草直子さん(以下、大草) 『奇跡』を読んで三日間くらい、ずっと夢のなかにいるような心地で。どうしてこんなにも惹きつけられてしまったんだろうと考えたとき、梨園の妻という、どちらかというと控えていることを求められている立場の女性が、自分で自分の進むべき道を選び、覚悟をもって決断することの爽快感が強く残ったからじゃないかなあ、と。私も彼女――博子さんのように一生懸命生きられているだろうか、と、いろいろ考えさせられもしました。
林真理子さん(以下、林) とても新鮮な感想です。読んだ方の多くは、一生に一度でいいからこんな恋愛をしてみたいとおっしゃるので。世界的な写真家である田原桂一さんと、梨園の妻であり後継ぎとなる息子さんを育てていらっしゃった博子さん。お二人の運命的で奇跡的な恋を描きましたので、恋愛小説として楽しんでいただけるのはありがたいですけれど、一人の女性がみずから選択し決断した物語として読み取っていただけるのは、とても嬉しいですね。スタイリストとして第一線で働いていらっしゃる大草さんだからこその感想だと思います。
大草 私、実は本を読んだ直後に、息子さん(歌舞伎役者の片岡千之助さん)と、私が主宰する「AMARC」のYouTubeでお仕事をさせていただく機会があって、博子さんにもお会いしたんです。「『奇跡』を読みました」とお伝えしたら、「いろいろ言う方もいらっしゃるんですよ」と恥ずかしそうにおっしゃっていましたけど、私は、誰であろうと他人の人生をとやかく言うべきではないと思うんです。そうお伝えしたら、あとから、その言葉に救われましたとメールをくださいました。
林 本来なら世に出るはずのなかった二人の物語を、ひとたび小説という形で出すと決めた以上、関連して起きるすべてのことを、田原さん亡き今は自分ひとりで引き受けるのだという覚悟も、博子さんは決めていらっしゃるんです。それが、彼女の強さ。なかなかできることではないですよ。だから「けっきょくは不倫しただけじゃないか」みたいに言う人がいると、もう、あったまきちゃう(笑)。
大草 今は、不倫した人に対する風当たりがやたらと強いですもんね。先ほども言ったように、当事者以外がとやかく言うものじゃないと私は思うのですが。
林 不倫している女性を何人か知っていますけど、みんな家庭を捨てる気なんてさらさらなく、旦那にバレないよう火遊びしているだけなんですよね。作中にも書いたように、桂一さんは何度も「僕たちは出会ってしまったんだ」とおっしゃっていたそうだけど、正直言って、そういう甘い言葉を囁く男性は少なくない。だけど彼らとの恋を成就させる女性もまた、そう多くはない。なぜ博子さんがそれを成せたかといえば、すべてに真剣で、誠実に向き合い続けていたから。桂一さんと出会ったあとも、息子さんを愛することはもちろん、夫や義理の両親の世話も、家業を支えることもすべて一つもおろそかにしないどころか、これ以上ないほど完璧になしとげ、よくできた若奥さんであり続けた。そのうえで、いちばんいい形で夫と別れ家を出た彼女は、並大抵の人じゃありませんよ。そういう意味では、私が『白蓮れんれん』で書いた歌人の柳原白蓮に通じるところがあるかもしれない。
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