線路の落とし物を拾うのに時間がかかる理由
では最後に、最近ニュースでも話題になった「線路への落とし物への対応」について見ていきましょう。電車のないタイミングを見計らって線路に降りて拾えばいいだけのようにも思えますが、綿貫さん曰く「そう簡単にはいかない」とのことです。
「電車は時刻表どおりに来るとは限らず、遅れて来る場合もある。また、時刻表に載っていない回送列車が突然来る場合もある。電車が近付いてくる音で気付きそうなものだが、他のことに集中していると気付かないものである。私も一度経験がある。ある日、駅のホームを清掃していた。点字ブロックギリギリの所を掃除していたら、電車が警笛を鳴らして猛スピードで通過していった。このタイミングでよろけて線路側に転倒するなんてことがあったら大事故である。もちろん電車が通過しますという自動放送も入っていたし、音も聞こえていたはずなのに、警笛を鳴らされるまで気が付かなかった。このように、何かに集中してしまうと電車が近付いてきても気付けないことがある」
一人は拾得に専念し、もう一人は見張りに専念
これで即時対応が困難であることが分かったと思いますが、簡単にはいかない理由はほかにもありました。
「線路内の落とし物は基本的にマジックハンドを用いて拾得する。これにより、危険な線路上に降りず拾得することができる。それでも、一人で作業していると気付かずに電車が接近して、マジックハンドと電車が接触するなど事故につながる可能性がある。ではどうするのかというと、二人で作業を行うのだ。一人は拾得に専念し、もう一人は見張りに専念する。これにより、安全に拾得することができる。しかし、私の勤務駅には改札に駅員は一人しかいない。でも落とし物を拾得するには2名必要になる。そうなると、休憩中の同僚を呼びつつ、有人改札は無人にするしかない。休憩中の同僚を呼ぶために1~2分かかる。同僚が手を放せないときは、一人で作業する方法もある。指令所に連絡し、駅に電車が入ってこないようにするのだ。これはこれで、駅から指令所に連絡、指令所から運転士に連絡といった手順を踏むのでGOサインが出るまで少々時間がかかる」
簡単に見える作業でも、裏では大変な手間がかかっている。それは鉄道以外のサービスにも言えるかもしれません。このことを胸に刻んでおけば、日ごろのイライラが減るかもしれませんね。
著者プロフィール
綿貫 渉(わたぬき わたる)さん:
元鉄道員でチャンネル登録者数8万人超(2022年7月現在)の交通系YouTuber。高校時代、たまたま募集を見かけた駅員のアルバイトをきっかけに交通に興味を持つ。大学で地理学を学んだ後、バス会社勤務を経て、JRで2021年まで鉄道員として働く。2015年にYouTubeチャンネルを開設、2017年に動画投稿を本格的に開始。鉄道プレスが選ぶ、鉄道系YouTuberチャンネル登録数ランキングではトップ10にランクインするなど、目下急成長中の若手注目株。
YouTube:綿貫渉/交通系YouTuber
Twitter:@wataru_w
『怒鳴られ駅員のメンタル非常ボタン 小さな事件は通常運転です』
著者:綿貫 渉 KADOKAWA 1540円(税込)
元鉄道員YouTubeとして人気を集めている綿貫渉さんの初エッセイ。自身の経験を基に、酔っ払い、痴漢、忘れ物、自然災害、人間トラブル、電車遅延、クレーム対応など常にトラブルと向き合っている駅員の心情と、メンタルを保つ考え方をつづります。一般社会でも応用できるスキルが満載で、日ごろのコミュニケーションの参考になるでしょう。
構成/さくま健太
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