あまりに暑くておうちにいるしかない毎日で、慰めにおやつでも用意しようと直近のコンビニに行ってポテチを買ったら、袋が小さくなってる上に、ポテチよりもポテチ風味の空気のほうが多くて、マジで「ええかげんにせえよ……」と思った8月の始まり。「電気代払えず死ぬ」と「クーラー止めたら死ぬ」の二択みたいになっている日々の中で、飛び込んできた「最低時給、過去最大の上げ幅3.3%!」というニュースは、原稿料生活の私には全然無関係ですが、「待ってました!」という方も多いんでしょうか。いやでも31円って。

 

物価上昇に最低賃金の上げ幅が全く追い付いていない現実


例えば時給31円アップで1日8時間働くとして、日給で248円アップ。この時点で私が買ったポテチも買えませんが、さておき。フルタイムで20日働けるとしても月給で4960円。ええと、これじゃあ水道光熱費の値上げもカバーできないんですけど。ええと、賃上げについて話し合ってる人の中に、スーパーの価格を睨みながら家計のやりくりしてる人います?

本当に鼻白むのは、報道に当たってキラキラの王冠みたいに付け加えられている「過去最大の上げ幅」という言葉です。「みなさん辛いでしょうし、ここはどどーんと31円アップ!」とぶち上げるお殿様(厚生労働省の中央最低賃金審議会)に、「なんと上げ幅過去最大!よっ!大盤振る舞い!」騒ぐという太鼓持ち(マスコミ)というお約束の寸劇でしょうか。もちろん「3.3%」の引き上げ幅が過去最大ってのは事実なんでしょう。でもマスコミを名乗るなら、その事実こそを批判的精神をもって伝えてほしいものです。「31円しか上がらない」が「過去最大の上げ幅」って、日本の給料はどんだけ上がってこなかったんだって話なんで。

ちなみに諸外国の近年の賃金引上げの状況を見ると、例えば韓国では2018年には16%、2019年には10%の賃上げをしています。欧米の賃上げは3%より低いと言う人もいるでしょうが、それはそもそもの最低賃金がすでに日本よりもずっと高いから。そう考えると、さも大盤振る舞いに見える「最大上げ幅」は、大盤振る舞いでも何でもないことがわかります。ええ、払う側も大変なんでしょう。特に中小零細は。でも彼らと31円アップの末端労働者を同時に直撃するインボイス制度は、強行する予定のようですが。


「3.3%アップ」も「統一教会の名称変更」も、側面だけ見ていては真実に気づけない


ライターの私が気になることがもうひとつ。太鼓持ちが「最大上げ幅」と伝える表面的な文字面だけを受け取って「最大なんだ、それはよかった」と思ってしまう人が意外と多いことです。そもそも言葉ーー特に抽象的、数量的な言葉ーーは、使われる状況や使う人の理解、意図、視点によって、その意味や概念が無限に変化するものです。例えば「100人中で最大勢力」と「1万人中で最大勢力」がまったく異なるのと同じで、「最大上げ幅」は世界的に見れば「最大」のイメージとは程遠いし、アフリカの「寒い」とアイスランドの「寒い」、日本の「勉強ができる」とアメリカの「勉強ができる」は同じはずがありません。

こうした意味の変化は、国や文化の違いに限りません。例えば「和」という言葉は、一般には「日本ならではの美徳」というイメージで捉えている人が多いと思いますが、「和を乱すな」と言われながら育った人間(私ですが)にはうっとおしいものです。そういう私に眉を顰める人は多いのですが、たとえばこの言葉を裏返した、ほぼ同じ意味の「同調圧力」であればうっとおしいと感じる人も多いのでは?
そして気を付けなければいけないのは、相手(もしくは世の中)に「これは正しいものだ」と思い込ませる目的で、イメージの良い言葉を意図的に選んでいる人がいることです。つまり「最大上げ幅」は「3%アップ=すっげー!」を刷り込むためだし、「和を重んじる=日本人の美徳」は「自己主張は美しくない」を刷り込むため。

巷で話題の統一教会の名称変更(→世界平和統一家庭連合)も、そうした効果を狙った目くらましであることは言うまでもありません。問題はそこで語られる「平和」「家庭」がどういうものなのか。「美しい国」は何をもって「美しい」と言っているのか。「平和のための軍備」ってどういうことなのか。自民党が用意した改憲草案もまたしかりで、何が付け加えられ、何が削除されているかを読み取る能力がなければ、権力側に都合よく還られてしまっても気づくことすらできません。そもそも「細田氏は《回答はすべて差し控える》と回答した」(正しくは「回答しなかった」ですよね)なんて「禅問答か!」と突っ込みたくなる記事がまかり通るのは、日本人の日本語能力=リテラシー(読解力)が低下している証拠です。政府が主導するこの20年もの学校教育が、英語や実学を重視して国語や文学をおろそかにし、「教科書が用意した正解を当てる教育」に終始していることも、それと無関係ではありません。
何にせよ、報道が使う言葉にご用心を。理解せぬまま言葉を流し続ければ、「そういう意味だとは思っていなかった」と泣く羽目になりかねません。


写真/shutterstock

 

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