意を決して列に並ぶ。コロナ禍ということもあって、撮影中も会話は禁止となっている。それでも、先頭の方で声にならない華やぎが湧いているのが伝わってくる。そして、その混じりっ気のない陽の気を浴びるたびに、帰りたいという気持ちが強くなる。どう考えても、あの場で平静でいられる自信がない。

しかも周りはみんな女性。その中で、男性の僕がツーショットをお願いするなんて推しはどう思うだろう。いや、僕の推しはそんな性別とかで人を差別するような人間ではない。耐えられないのは、僕の自意識の方だ。こんな奇っ怪な人間が応援しているなんて推しの名誉を下げないだろうか。緊張で顔が真っ赤になって推しの前で泡とか吹き出さないだろうか。変な汗の匂いとか漏れていないだろうか。誰か8×4持ってきてー!

 

もう正直、自分は写らなくていいから、推しの立ち姿だけ激写させてほしい。そんな境地になりつつあったところで、ついに僕の番がやってきた。目の前では、推しが四角いボックスに座って、優しそうな、ちょっと照れ臭そうな笑みを浮かべている。

すご! テレビで見たまんま! え? っていうか、さっきまでステージの上にいた人やんな? うわー、めっちゃ細! ちゃんと食べてる? おっちゃんがピザまんあげよか? え、髪サラサラやん! どこのシャンプー使ってるん? ティモテ? ティモテティモテ? あ〜、目元が涼やか。もうお顔立ちから教養と気品がにじみ出とるわ。確実に貴族。家帰ったらマントつけてかぼちゃパンツ履いてると言っても驚かないし、ミドルネームが「ウィリアム」とかでも「だと思った〜」って納得しちゃいそう! あまりに高貴すぎて、推しが座っているただの四角いボックスが玉座みたいに見えてきました。

スタッフさんにスマホを手渡し、アクリル板を挟んで推しの横に座る。もう頭がバグっているので、正直ここから先のことはほとんど記憶にない。声は出せないので、推しが口の形だけで「ポーズどうしますか」みたいなことを聞いてくれたと思うのですが、もうとっくにキャパオーバーになっているので、普通にピースサインで精一杯だった。ピースサインって昭和かよ。せめて……せめてショートプログラムのフィニッシュのポーズとか、指ハートとか、もうちょっと思い出に残るものがしたかった……。所詮、僕は追いつめられたら、面白いことのひとつも言えない弱小オタクです。

とにかく横に推しがいるという事実を認識してしまうと、脳がショートする。なんとか平静を保って事をなし遂げるためにも、今横にいるのはジャスコに置いてあるマネキン、ジャスコに置いてあるマネキンとひたすら自分で自分に暗示をかけ続けていた。こんな麗しいマネキンがジャスコにあったら、全力で持って帰ってきてしまうけどね!!