恵比寿に住んで7ヶ月が過ぎた。大事なことなのでもう1回言います。恵比寿に住んで7ヶ月が過ぎたのです。

恵比寿に住んでいる。このなんともオシャレな響き。正直、引っ越すにあたって住む場所なんてどこでも良かったのですが、東京に出てきて17年、せっかく東京に住んでいるなら一度は「どこ住み?」「恵比寿」って言ってみたい。その一択で恵比寿を選びました。この浅ましいまでの虚栄心。いっそ梅沢富美男あたりにお説教されたい。

昔から、わりとそういう見栄っ張りでミーハーなところがあるにはあった。大学時代はBEAMSとかSHIPSの買い物袋をサブバックにして通学したり、サラリーマンになったら真っ先にロエベの名刺入れを購入した。

自分に自信がないから、そういううわべばかりを取り繕う。それがどんなにみっともないことかよくよくわかっている一方で、こうも思うのです。そんなことで自尊心が守られるなら全然良くない? と。

 

安いノーブランドの名刺入れを持っているよりも、ちょっとだけ胸を張って名刺交換ができる。特に思い入れのない街に住むよりも、毎日家に帰るのが楽しくなる。背伸びといえばそれまで。だけど、背伸びをしなきゃ届かないものもある。それに、そうやって背伸びをしているうちにいつのまにかそれが自然な身の丈になることもあるはず。ならば、恵比寿に住み続けることで「恵比寿? ああ? 庭みたいなものだけど」という鼻持ちならない人間になれる日もきっと来るはず。そう信じて、恵比寿に引っ越してまいりました。

 

ご存じない方にも改めて説明しておくと、恵比寿とはJR山手線でいうところの渋谷駅のひとつ隣にある駅で、吉祥寺と並んで都内の住みたい街ランキングの上位常連。ドラマのロケ地で使われそうな小洒落たカフェやらダイニングやらがひしめき合っていることと、マツコ・デラックスがことあるごとに「クソみたいな街」とくさすことでもおなじみの街です。

僕も引っ越す前から、オシャレタウン・恵比寿に似合う華やかで洗練されたライフスタイルを送りたいと鼻息を荒くしておりました。昼は陽光射し込むオープンカフェでランチをして、夜は行きつけのバーでブランデーグラスの氷を鳴らす。そういう東京カレンダーみたいな生活を満喫するのだと勇み足で乗り込んだのですよ、大人の街・恵比寿に。

しっかし、所詮は恵比寿よりも日暮里あたりが落ち着く下町人間の気質のせいか、引っ越して7ヶ月も経つのにいまだに街に馴染んでいる感がゼロ。飲食街に出ると人が多いし、どこを覗いても3割増で高いし、なんかいけすかない空気が流れてるしで、すっかり家で自炊するのが当たり前の生活になっていた。東京カレンダーより俄然レタスクラブの方が似合う毎日です。

そもそも行きつけのお店ってどうやってつくるのだろう。自慢ではないけれど、とにかく人と話すのが苦手な性格。取材の帰り、エレベーター待ちの間、見送りに来たスタッフさんと場を持たせる時間とか苦行でしかない。

僕「この映画、すっごく面白かったです」

スタッフさん「わあ。ありがとうございます」

僕「………」

スタッフさん「………」

……球種少なすぎひん??

いい大人なんだから天気の話とかすればいいんでしょうけど、「暑いですね」と言ったところで、その次の返しが思いつかなさすぎて、むしろ僕の脳内でヒートアイランド現象が起きている。

ちなみにもっと言うと、初対面はこすり尽くした定番の話題で切り抜けばいいので、なんとかなるのです。地獄はむしろ二度目。もうお決まりのネタはとっくに尽きているし、二度目なんだからもうちょっと距離をつめていった方がいいのかという自分と、二度目だけどそもそもこの人は僕のことを覚えているんだろうかという自分が挟み撃ちにあって、心は完全にドッジボールでなぜか最後まで残ってしまったときの気分。だから、一度使った美容院は絶対に二度と行かないし、服屋でさえこの間接客してもらった店員がいたら、回れ右して日を改めます。

 
  • 1
  • 2