学歴縛りの他己紹介
「彼のご実家は東京なのですが、まず伺うと挨拶もそこそこに、家系図のようなものを出してきて、お義母さんが1人ずつ『この子の父は○○大学博士課程で△△大の教授、この子の姉は○○大学修士課程、従兄弟は……、はとこは……』と学歴縛りの他己紹介がスタート。
その表、よく見ると学閥相関図みたいになっていて、そこに各自が散りばめられていて……。ちょっと面食らって笑顔がひきつっていると、『大丈夫よ、覚えられなくても。一覧表にしてあるからね』とプリントアウトしたものを渡されました」
大学こそ東京の私立大学ですが、香織さんは地方の県立高校出身。それまで見たことのなかった「東京のちょっといいおうち」とはこういうものなのか? と混乱したまま、しかしそこは結婚の挨拶、なんとかありがたく拝聴したと言います。しかしさらに驚きの一言が。
「それで香織さんのお父様とお母様はどこの大学のご出身? お勤めは? ご親族はどう? 名門大学のネットワークって強くてね、1人か2人介せばだいたい繋がるのよ」
香織さんは、しばし意味が分からず硬直してしまったと言います。しかしお義母さんは至って真面目にメモを取って相関図に加える準備をしていたとか。どうやら一族郎党の学歴を訊いて、その「ウラを取る」ということのようです。口調から、香織さんの出身大学を歯牙にもかけていないことも伝わってきました。
呆然としつつも、まだ23歳と若く、一生懸命だった香織さんはそれを悟られないように初顔合わせ前半戦を終了。後半は、「中華料理を予約してあるから食事会を」ということになりました。
「前半のお話ぶりから、それまでさほど気にしていなかったのですが彼のご親族は皆さん高学歴で社会的地位もあり、そこにプライドを持っているんだなということを実感し始めました。この流れだと、このあとの中華料理も、敷居が高いお店だったら恐縮だな……と考えていました。
ところが店に着いてみると、円卓を囲んだものの、それぞれが『僕はチャーハン』『私は酢豚』と一人一品頼み始めて……。私の実家はお酒好きなので、前菜を多くとるなど、おつまみ系から始まり、高級中華であれば海鮮やお肉などはみんなでシェアするはず。かつ、超庶民ですがやっぱりお客様が訪ねてきたら、おもてなしの気持ちから、もうちょっとこう、違う頼み方をするのかなと思うので、びっくりしましたね。なんというか……あれだけ学歴やお勤め先を自慢していたので、イメージにギャップがありました」
そんな調子で、違和感を持ちつつも英明さんへの恋愛感情で相殺されて、二人はつつがなく結婚生活をスタート。しかし、新人ADとして働く香織さんは、怒涛の激務生活へ。また、英明さんも連日博士号を取るための論文執筆と実験に忙殺され、平日はほとんど顔を合わせることはありませんでした。
「今思うと、それが結婚生活を多少なりとも延命したのかなと思います。週末しか会わないので、価値観の違いに直面することがなく。お互い平日は疲れているので、週末くらいは波風なく過ごしたいという気持ちが働きました。半日は体を休めて、ランチに近所にパスタを食べに行って、あとはそれぞれ本を読んだり映画を見たり。一見平和な夫婦で、問題はありませんでした。
彼のご両親は、『結婚するならば、もう一人前。金銭的な援助はしないよ』と明言されていました。するとつまりは、私の薄給と、彼の時給はいいけれど短時間のアルバイト代で生活して、彼の授業料や、のちには借りていた奨学金も払わなくてはなりませんでした。博士課程を出てすぐは紆余曲折あって思うような収入はなく、新婚時代は私が彼を養っている形でした。
ほんのちょっとだけ、『でもお金がないわけじゃないんだし、学費は私というより彼のご両親の管轄では?』とは思いましたが……。今思えば、きっと私のことが気に入らなかったんだと思うんです。イマイチの嫁に対するちょっとした制裁。まあでも、貧乏で古い賃貸マンションでしたが、不満はありませんでしたね。私、もともとあまり生活にお金がかからないんです。おしゃべりさえできればそれで楽しいタイプで」
香織さんたちのように、夫婦のどちらか、あるいは両方が奨学金で進学し、それを社会人でも返済している人は現代において少なくないと思います。
結婚の前に精算ができていれば問題はありませんが、結婚後の家計から独身時代の『借金』を清算するのはモヤモヤすることもあるでしょう。お金に関わることは、気になったときにその都度夫婦で話し合いをして共通認識を持てるのが理想です。しかし、香織さんのように、『揉めるくらいならば自分が頑張ればいいか』と考えてしまう方は要注意です。
さて、夫婦の大黒柱として激務に邁進していた香織さん。しかし、20代後半の平穏を経て、そのバランスが崩れる時がきます。
後編では、ほころびのきっかけとなった転機とそれに伴う関係性の変化、その後の急展開について伺います。
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
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