誰もが抱えるささやかな「嘘」にまつわる、オムニバス・ストーリー。
息子と彼女の、衝撃の馴れ初め
「それにしても光輝にこんないい人がいたとはなあ。真凛さん、光輝は退屈させてませんか? 私はずっと商社なので、同じ仕事を勧めたんだが、光輝は『僕には向いていない』と銀行に行ってね。堅物で面白味がないと思っていたが、真凛さんみたいな人を捕まえてくるとは見直したよ」
帰宅した夫の陽一は、若くて可愛い息子の彼女の登場に相好を崩している。真凛がなんと妊娠していて、つわりで食欲がないと聞くと、さっぱりしたものをデリバリーしてやったらどうかとまで言っていた。
――私が3時間かけて焼いたローストビーフを諸悪の根源みたいに!
早穂子は内心イライラが収まらない。肉の香ばしい匂いが障るだろうという男性陣の配慮で、ローストビーフは出番がないまま、冷えて固くなろうとしていた。
真凛はサラダと冷製スープを口にしている。皆気を遣ってメインを飛ばしていることには気づいてもいないようだ。
「いえいえ、彼はとっても優しいですよ。出会いはアプリなんですけど、会ってみたら意外に話も合って」
――アプリ? アプリって、も、もしかして出会い系!?
そういうものが、大きなトラブルになることもあるとニュースで見たのを思い出し、早穂子は卒倒しそうになる。
真凛はわかるが、光輝がそんなものに手を出すはずがない。なんせ小さな頃からテレビ禁止、ゲーム禁止、マンガNGで有害なものを徹底して遠ざけてきたのだから。
しかし光輝の顔を見ると、否定もせずただデレデレした表情で真凛を見ている。
これは、ダメだ。しかし、反対しようにもすでに赤ちゃんがお腹にいると思うと、頭の中が混乱してうまく整理することができない。このまま結婚を認めるしかないのだろうか?
早穂子は焦りのあまり、手をぎゅうっと握りしめた。
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