それだけは我慢できない
「それで、真凛さんは今何をしていらっしゃるの?」
ペースをこちらに取り戻そう。早穂子は、久し振りに引っ張り出してきたカフェインレスのお茶をすすりながら、泰然と訊いてみた。婚家に気に入られたければ、自己紹介があってしかるべきだと思うが、真凛は雑談するばかりで一向に肝心のことを言い出さない。焦れて質問すると、真凛はきょとんとしたあと、元気に答えた。
「服飾メーカーでパタンナーです。まだまだひよっこですけどね! レディース中心なんで、今度おかーさんにもサンプル持ってきますよ、あ、写真見ます?」
真凛はスマホを取り出すと、いくつかのサイトを見せてくれたが、早穂子の知っているようなハイブランドでないことだけは分かった。
「パタンナーって確か、デザインを見て型紙を作る人よね。ということは、真凛さん、失礼ですけど服の勉強は大学で……?」
「やだなあ、大学じゃパターン引く勉強できないですからね、服飾専門学校です」
「そ、そう……」
早穂子は動揺しながらお茶に口をつける。大学を出ていない人は、早穂子の周りにもその子どもにもただの1人も心当たりがない。なにも光輝と同じ東京大学である必要はない。しかし、せめて早慶や名門女子大のお嬢さんが来てもバチは当たらないはずだ。なにせ早穂子は、光輝が最高の環境で学べるように、一心不乱にサポートしてきた。嫌な言い方かもしれないが、教育費は人生における素晴らしい投資。並々ならぬお金と情熱をかけて光輝はここまでになったのに、どうしてパートナーは……。
そこまで考えて、早穂子は自分の考えていることが失礼だと思い当たり、小さく頭を揺らした。光輝が選んだ子なのだ。そうは見えなくても、きっといいところがあるに違いない。
「お、お洋服のプロなら、ウエディングドレス選びは安心ね。ご両親はどちらに? 今度は両家の顔合わせをしなくてはね」
結婚は本人たちの合意によってのみ成立する。どこかできいた言葉を、早穂子は必死自分に言い聞かせた。ちょっと自由そうだが可愛らしいお嬢さんではないか。なんだか不躾な物言いも23歳なのだから仕方ない。完璧じゃないからといって反対してはいけない、現代において結婚はもうそういうものじゃないのだから……。
「両親とはめちゃ仲悪いんで、挨拶みたいなのはいいですよ。家は山梨なんですけど母親とは連絡はまあ、取っているんで、報告しておきます。結婚式は、ね、光輝、うちらはそういうのはやめとこって」
「あ、うん、そうなんだ、写真だけでね」
――しゃ、写真だけ!? 結婚式をしないっていうこと?
早穂子はついに我慢できず、反撃を開始した。
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