「何を言ってるの! 光輝、お世話になった皆さんにご挨拶の機会もないなんて、そんなのお母さん許しませんよ。お腹の赤ちゃんのことを気にしてるならば、今すぐお付き合いのある赤坂のホテルに訊いてみるから。今、3カ月なんでしょう? 数カ月以内ならば、お腹も工夫すれば目立たないから大丈夫よ」

「いえ、おかーさん、私たち結婚式はしないって決めたんでー」

やけにきっぱりと宣言したあと、それまでの朗らかな様子から一転、真凛は急にピンク色の唇をすぼめると、光輝のほうを見た。

「うう、マジで気持ち悪い……ごめん、もう一度トイレ借りていい? 今日は調子が悪いや、デザートはパスして失礼したほうが良さそう。光輝、ごめんねタクシー呼んでくれる? これから長いお付き合いだから、今日は許してー」

――長いお付き合い、まだ許可出してませんけど!!

早穂子はそう叫びたいのを必死でこらえる。確かに真凛の顔色は悪く、ここでこれ以上話すのは躊躇われる。

早穂子は夫と息子がかいがいしく真凛の世話をするのを見て内心怒りに燃えるのだった。
 

早穂子が親友たちに明かした無念


「え、光輝君、そんな子を連れてきたの!? やるじゃない、ちょっと予想しなかった展開!」

赤坂の老舗ホテルのラウンジは、小さな頃から同じ学校で育った早穂子・亜希・容子のおなじみの場所だ。陽一と結婚することを報告したのも、亜希の結婚と離婚の報告を聞いたのも、容子の華麗な独身美女医ライフを聞くのも、この場所。

容子はアフタヌーンティなのに1人でシャンパンを飲みながら、ケラケラと笑った。さすが小学校からの幼馴染、遠慮がない。

「息子の彼女が気に入らない...」23歳の妊婦VS過保護な母親。女の攻防戦の結果は?_img0
 

「まあね、早穂子の勘はあながち間違ってないかもよ? 私も、離婚したのは結局価値観の違い、もっと言えば育った環境の違いだなあと思うもん。できればさ、そこはある程度一緒のほうがいいよね」

 

離婚経験のある亜希の言葉には含蓄がある。早穂子は我が意を得たりとばかりに高速で頷いた。

「そうなのよ! 私ね、周りのうまくいっているご夫婦をよーく観察したの。そうすると、たいていは同じ属性で結婚した者同士なのよ。お見合いとか、同じ大企業勤務とか、同じ大学とか、そういうのが結局は摩擦が少ないと思わない?」

「まあ、そうかもねえ。私はそんなせっまい選択肢の中から無理にパートナーを見つけるのは御免だけど」

容子のクールな言葉は、医者という裏打ちがあってこそのものだと早穂子は思う。早穂子のような、そして光輝のような平凡だけども確かな幸せを求めるべき人間にとって、やっぱり結婚は一大事だし、できれば光輝には、同じような環境で育った、恵まれた優しいお嬢さんと一緒になって欲しかった。

人生は武器がなければハードだ。早穂子もたまたま降り注いだ幸運がなければ、どうなっていたかわからない。ゼロから受験戦争や就職活動を勝ち抜けるとも、婚活戦線を潜り抜けられるとは思えない。

そしてそれらの競争対策に割く時間が不要だったからこそ、人生を豊かにする楽しみや教養を身につける時間が持てたのも事実。小さな頃から家では季節の行事を大切にし、ピアノやバイオリン、料理や着付けを習得させてもらった。結婚してからは自然に、それらを活かして夫や子どもの健康や幸福を守り、人生を彩りたいと素直な気持ちが生まれた。

全員がそんな風にたくさんの機会をもらえる世界ならばいいけれど、現実は違う。だからこそ綺麗事を抜きにすれば、少しでもそういう心持ちを持った「恵まれたお嬢さん」に、光輝の後ろを守ってもらいたかった。それが偽らざる本音。そして、光輝が身近な人から伴侶を選んでさえいれば、さほど難しいことではないはずだったのに……。

「早穂子、光輝に心血注いで育てたもんね。勉強もだけど、料理も無添加手作りで頑張って、視力もいまだに1.5、虫歯もナシなんでしょ? まさに努力の結晶。それを横から出てきた謎のギャルに搔っ攫われたら、そりゃあ衝撃だよね」

亜希の言葉は身も蓋もない。しかし真実を衝いている。

「ううう、そうなのよ! しかも……しかも……こ、子どもが出来たって、そんなだらしないことするような子じゃなかったのに! もしかして、騙されてるのかも!?」

思わず本音が漏れて涙ぐむ早穂子に、亜希と容子はしんから同情した視線を寄せて、よしよしと肩を抱いた。

「まあ、心配ならそこは光輝君に、検査を勧めたら? ただし慎重にね、本来は母親の出る幕じゃないところよ」

容子は半ばあきれ顔だが、それでも心配そうにアドバイスをくれる。

出る幕じゃない。出る幕じゃないとはどういうことだろう。光輝とは二人三脚でやって来た。彼が気付かないところ、足りないところは補ってやるのは母の務めではないか。

「私、結婚しちゃう前にあの二人ともう一度話し合ってみる」

早穂子はすっかり冷めた紅茶をごくごく飲んでから、親友に厳かに宣言をした。

次週予告/
二人と再び対峙……しかし予定外の光輝の言葉に早穂子は?
構成/山本理沙
 

「息子の彼女が気に入らない...」23歳の妊婦VS過保護な母親。女の攻防戦の結果は?_img1
 

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