「何を言ってるの! 光輝、お世話になった皆さんにご挨拶の機会もないなんて、そんなのお母さん許しませんよ。お腹の赤ちゃんのことを気にしてるならば、今すぐお付き合いのある赤坂のホテルに訊いてみるから。今、3カ月なんでしょう? 数カ月以内ならば、お腹も工夫すれば目立たないから大丈夫よ」
「いえ、おかーさん、私たち結婚式はしないって決めたんでー」
やけにきっぱりと宣言したあと、それまでの朗らかな様子から一転、真凛は急にピンク色の唇をすぼめると、光輝のほうを見た。
「うう、マジで気持ち悪い……ごめん、もう一度トイレ借りていい? 今日は調子が悪いや、デザートはパスして失礼したほうが良さそう。光輝、ごめんねタクシー呼んでくれる? これから長いお付き合いだから、今日は許してー」
――長いお付き合い、まだ許可出してませんけど!!
早穂子はそう叫びたいのを必死でこらえる。確かに真凛の顔色は悪く、ここでこれ以上話すのは躊躇われる。
早穂子は夫と息子がかいがいしく真凛の世話をするのを見て内心怒りに燃えるのだった。
早穂子が親友たちに明かした無念
「え、光輝君、そんな子を連れてきたの!? やるじゃない、ちょっと予想しなかった展開!」
赤坂の老舗ホテルのラウンジは、小さな頃から同じ学校で育った早穂子・亜希・容子のおなじみの場所だ。陽一と結婚することを報告したのも、亜希の結婚と離婚の報告を聞いたのも、容子の華麗な独身美女医ライフを聞くのも、この場所。
容子はアフタヌーンティなのに1人でシャンパンを飲みながら、ケラケラと笑った。さすが小学校からの幼馴染、遠慮がない。
「まあね、早穂子の勘はあながち間違ってないかもよ? 私も、離婚したのは結局価値観の違い、もっと言えば育った環境の違いだなあと思うもん。できればさ、そこはある程度一緒のほうがいいよね」
離婚経験のある亜希の言葉には含蓄がある。早穂子は我が意を得たりとばかりに高速で頷いた。
「そうなのよ! 私ね、周りのうまくいっているご夫婦をよーく観察したの。そうすると、たいていは同じ属性で結婚した者同士なのよ。お見合いとか、同じ大企業勤務とか、同じ大学とか、そういうのが結局は摩擦が少ないと思わない?」
「まあ、そうかもねえ。私はそんなせっまい選択肢の中から無理にパートナーを見つけるのは御免だけど」
容子のクールな言葉は、医者という裏打ちがあってこそのものだと早穂子は思う。早穂子のような、そして光輝のような平凡だけども確かな幸せを求めるべき人間にとって、やっぱり結婚は一大事だし、できれば光輝には、同じような環境で育った、恵まれた優しいお嬢さんと一緒になって欲しかった。
人生は武器がなければハードだ。早穂子もたまたま降り注いだ幸運がなければ、どうなっていたかわからない。ゼロから受験戦争や就職活動を勝ち抜けるとも、婚活戦線を潜り抜けられるとは思えない。
そしてそれらの競争対策に割く時間が不要だったからこそ、人生を豊かにする楽しみや教養を身につける時間が持てたのも事実。小さな頃から家では季節の行事を大切にし、ピアノやバイオリン、料理や着付けを習得させてもらった。結婚してからは自然に、それらを活かして夫や子どもの健康や幸福を守り、人生を彩りたいと素直な気持ちが生まれた。
全員がそんな風にたくさんの機会をもらえる世界ならばいいけれど、現実は違う。だからこそ綺麗事を抜きにすれば、少しでもそういう心持ちを持った「恵まれたお嬢さん」に、光輝の後ろを守ってもらいたかった。それが偽らざる本音。そして、光輝が身近な人から伴侶を選んでさえいれば、さほど難しいことではないはずだったのに……。
「早穂子、光輝に心血注いで育てたもんね。勉強もだけど、料理も無添加手作りで頑張って、視力もいまだに1.5、虫歯もナシなんでしょ? まさに努力の結晶。それを横から出てきた謎のギャルに搔っ攫われたら、そりゃあ衝撃だよね」
亜希の言葉は身も蓋もない。しかし真実を衝いている。
「ううう、そうなのよ! しかも……しかも……こ、子どもが出来たって、そんなだらしないことするような子じゃなかったのに! もしかして、騙されてるのかも!?」
思わず本音が漏れて涙ぐむ早穂子に、亜希と容子はしんから同情した視線を寄せて、よしよしと肩を抱いた。
「まあ、心配ならそこは光輝君に、検査を勧めたら? ただし慎重にね、本来は母親の出る幕じゃないところよ」
容子は半ばあきれ顔だが、それでも心配そうにアドバイスをくれる。
出る幕じゃない。出る幕じゃないとはどういうことだろう。光輝とは二人三脚でやって来た。彼が気付かないところ、足りないところは補ってやるのは母の務めではないか。
「私、結婚しちゃう前にあの二人ともう一度話し合ってみる」
早穂子はすっかり冷めた紅茶をごくごく飲んでから、親友に厳かに宣言をした。
二人と再び対峙……しかし予定外の光輝の言葉に早穂子は?
第1回「美しき大黒柱の43歳に突然届いた、非情ながん検診結果。その時彼女がとるべき行動とは?」>>
第2回「「がんになった」と誰にも言えない。43歳で突然の「乳がん宣告」を受けた女性の迷い」>>
第3回「8歳年下と「結婚を考えない真面目な交際中」に乳がん発覚。43歳の彼女が一番に調べたこととは?」>>
第4回「周囲に離婚を言えない「シングルマザー」。8年越しの大恋愛から一転、子連れ離婚した女性の葛藤」>>
第5回「「好きな人ができた」出会って18年目の離婚。38歳妻の身動きを封じた夫の告白」>>
第6回「離婚後、誰にも頼れない...。38歳シングルマザーの窮地を救う「思いがけない発想の転換」とは?」>>
第7回「26歳で大好きな夫との死別。17年かけて平穏を取り戻した妻の心を波立たせる「意外すぎるモノ」とは?」>>
第8回「「最愛の夫が、交通事故に...」妻を襲った悲劇。死別を受け入れられない妻の苦悩と決断」>>
第9回「彼は亡き夫の親友。でも今は...?夫を忘れられない妻が17年間断ち切れない記憶」>>
第10回「アラフォーに告白は必要?セカンドバージン43歳没イチ女子「今さら恋」の結末」>>
第11回「「人生で1番好きな相手」と結婚しないとダメ?37歳商社マンが抱えるふたつの罪悪感」>>
第12回「「あなたと結婚しなかったことを後悔」一番好きだった人にそう言われたら...?アラフォーを揺さぶる禁断の再会」>>
第13回「既婚男の理性を揺さぶる「会いたい」の一言。昔の恋人からのSOSに、彼の下した決断は...」>>
第14回「「主婦が10分で2万円」の散財。40代、推し活は突然に...画面越しに覚醒した恋心」>>
第15回「推し活費、それは人生の光熱費...!43歳主婦の人生を明るく照らす「推し」のパワー」>>
第16回「43歳の恋が「禁断の一線」を超えた...出費20万円の行方とは?【推し活日記】」>>
第17回「「禁断の彼氏」バースデーで向かった先は...!?43歳が赤面した電話の相手【推し活日記】」>>
第18回「コロナ禍でCAがYouTuberに!?「桜子さん」になり損ねた美人CAに衝撃の辞令」>>
第19回「20歳年下の後輩に愕然...なぜそのメイク!?42歳CAが知った“本物のジェネレーションギャップ"【桜子さんにはなれなくて】」>>
第20回「新入社員の「親」からクレームが...?42歳CA、恐怖の新人研修【桜子さんにはなれなくて】」>>
第21回「「そのホラ貝みたいな頭、どうやって作るんですか?」20歳下のCAに詰められてタジタジ【桜子さんにはなれなくて】」>>
第22回「「彼のスマホを鳴らした相手は元妻?それとも...」42歳独身CAの、不器用な恋【桜子さんにはなれなくて】」>>
第23回「人生には「お金と努力」で手に入る近道がある?38歳高卒シングルマザーへの啓示【優しい嘘をひとつだけ】」>>
第24回「「君と夫婦でいることに、疲れた」誰にも言えない夫からの一言。妻のトラウマと決意とは?【シングルマザーの逆転大作戦②】」>>
第25回「「中学受験に必要なのはお金と余裕」コンプレックスをエグられた母が頼った人物とは...?【シングルマザーの逆転大作戦③】」>>
第26回「「私、親ガチャに外れたんだ」育ちのいい夫の行動が、劣等感を刺激する...高卒妻の苦悩【シングルマザーの逆転大作戦④】」>>
第27回「中学受験、一人親家庭は経済格差をどう乗り越える?【シングルマザーの逆転大作戦④】」>>
第28回「美女医が頬の脂肪を掴んだとき、羞恥心がこみ上げ...アラフォー初めての美容医療【優しい嘘】」>>
第29回「年下夫の不倫発覚。相手は10歳年下...!?傷ついた42歳サレ妻が堕ちた、意外な沼【優しい嘘】」>>
第30回「「私、見ちゃったの...」女友達の聞きたくない密告。突きつけられた夫の裏切り【優しい嘘】」>>
第31回「「100万円て、冗談だろ?」動揺する不倫夫に、妻がぶつけた数年分の嫌味【優しい嘘】」>>
第32回「「私を、28歳に戻してください」夫に浮気された42歳の妻。その狂気が向かう先」>>
第33回「64歳義母が突然、近所に6000万円のマンション購入!義実家との「適度な距離感」が壊れた日」>>
第34回「「これが孫差別...?」入学祝いを1円もくれず散財する義母。モヤモヤに追い打ちをかける驚きの行動」>>
第35回「「1000円を夫に盗られた」月23万の介護付きホームで泣く義母。同情と迷惑のはざまで揺れる嫁」>>
第36回「「義母のお誕生日旅行に10万円は出せない...」所詮は他人の義母にどこまで本音を話せるか」>>
第37回「「定年間際の夫が浮気相手と1泊6万円の温泉宿に!?」衝撃を受けた妻の人生を賭けた反乱」>>
第38回「熟年別居の真相。「時を戻せるなら、絶対にこの人と結婚しない」疲れた妻の心の叫び...」>>
第39回「勤続16年なのに手取り15万円!?コロナ苦境にあえぐグラホが遭遇した「奇妙な男」」>>
第40回「「締切数分前にキャンセルを繰り返して...」大阪行き全便に予約を入れた男の身勝手な理由」>>
第41回「「冷静と情熱のあいだ」作戦に失敗した男。空港スタッフが彼についた「小さな嘘」とは?」>>
第42回「「「空港に男が来ても、絶対にその子を渡さないで」一人旅7歳に忍び寄るの男の正体」>>
第43回「「7年前、自分の子を...」空港でよみがえる記憶。34歳独身女子が抱える秘密」>>
第44回「羽田空港でトラブル発生!娘の“連れ去り阻止”に奔走するスタッフの死角に忍ぶ男」>>
第45回「「手塩にかけた東大卒の息子の、23歳の彼女が...」母が直面した、衝撃の顔合わせ」>>
Comment