『女ひとり温泉をサイコーにする53の方法』の著者で、国内外500の温泉をめぐった温泉オタク・永井千晴さんから、温泉を題材にしたファンタジー小説『保健室経由、かねやま本館。』(松素めぐり・著)シリーズの最新刊に寄せて、「温泉と小説」のステキな効能を教えていただきました。
温泉は、大人が選ぶべきヘルシーなご自愛方法だと思う
はじめまして、温泉オタクの永井千晴と申します。SNSやブログで「推し温泉」を紹介しており、これまで国内外500湯ほど浸かってきました。普段は会社員をしながら、休みの日に温泉へ赴く日々を送っています。
働いていると、大なり小なり心身が疲れてしまうことがままあります。みなさんにとって、そういった“日頃の不調”を解消する方法はなんでしょうか。
例えば、お気に入りのレストランで好きなだけ暴飲暴食したり、気の済むまで寝たり、後先考えずにショッピングをしたり、好きな曲だけを勝手気ままに歌うひとりカラオケをしたり。この現代社会をサバイブしている大人だから、ある程度の気晴らしをすれば、「まー明日からもやるか、しょうがねえ」と思えるものです。
でもまあ、できれば体に負担のかからない「気分転換」のカードを持っておいたほうがいいのかな、とも、ふと思います。
私(筆者)は30歳になる年齢ですが、暴飲暴食の翌日は体調最悪だし、昼まで寝ていられないし、来月のクレジットカードの支払金額は常に頭の中にあるし、カラオケしてもすぐに声が出なくなります。20代前半の気分転換カードは、あまり切れなくなってきました。
そんな中、心にモヤモヤがあるときに温泉へ行くと、「これこそ、最もヘルシーなご自愛!」と感じずにはいられません。スマートフォンも手元にない状態で、ただひとりで湯船に浸かっているのは、贅沢で、静かで、まっさら。不調をうやむやにして誤魔化すのではなく、自分の心と素直に向き合える時間になります。
日帰り温泉も気持ちいいものですが、私は気分転換をしたいときはなるべく温泉宿にお泊まりをします。まずはチェックイン後に温泉に浸かり、その温泉がどういう特徴を持っているのか事細かに観察(オタクの仕草ですね)。そのあと18時頃に夕食をいただき、本当の気分転換は、夜中に浸かるタイミングにとっておくのです。
お客さんの少ない22時以降の内湯に浸かりにいき、とうとうと注がれる湯の音に耳を傾けていると、いつの間にか、本当に何もかもを忘れるような無心の瞬間が訪れます。この解放感を求めて、いつも出かけてしまうのです。仕事ややらなければいけないこととの物理的距離を置き、宿の温泉や食事をたっぷり満喫し、ようやく解き放たれる、このとき。大好きな時間です。
温泉にはそれぞれに期待できる効果があります。いわゆる美肌になるだとか、血行がよくなって冷え性にいいだとか、体にも嬉しいことが起きるのはありがたいですよね。
特に古くから「湯治場」として親しまれてきた温泉地には、心身を癒やすさまざまな要素が詰まっています。何百年も前から人々が通った湯治場には、成分豊かな温泉が湧き、旅情あふれる旅館が残っているのがポイントです。
例えば、明治時代から湯治場として栄えてきた銀山温泉(山形)。たまご臭のするつるさら温泉は、やわらかくていつまでも浸かっていたくなるような浴感です。大正ロマンを感じる町並みは、春夏秋冬どの季節も美しい絶景温泉地でもあり、TwitterやTikTokで“バズる温泉地”としても認知が広がってきました。
私にとって銀山温泉は、あこがれの温泉地。初めて訪れたのは大学生の頃だったので、高級温泉街である銀山はとても宿泊できませんでした。地元の方がよく使う共同浴場に浸からせてもらい、湯治場の雰囲気をちょっぴり味わいました。温泉街を歩いているだけで楽しくて、どこを切り取っても美しくて、なんだか幼い自分が恥ずかしい気持ちにもなったのでした。
“心に効く”温泉によって中学生が救われるファンタジー小説に出会って
そんな特別な思いのある銀山温泉が舞台のモデルとなった小説が発売されると、この度ご紹介いただき、読ませていただくことになりました。
それは、温泉を題材にしたファンタジー小説『保健室経由、かねやま本館。5』。『保健室経由、かねやま本館。』シリーズはすでに4巻が展開されていて、この度新しく5巻が発売されることになったそうです。本作に出てくる「かねやま本館」が、銀山温泉の旅館をモデルにしているとのこと。
この小説がもう、温泉オタク的には衝撃の連続で。すごいものがこの世に生まれていたのだと本当にびっくりしました。
本作は、保健室の地下にある不思議な湯治場「かねやま本館」を舞台に、中学生が温泉体験を通し、自分自身の悩みに向き合っていくというストーリーです。つまり描かれているのは、“中学生専門の湯治場”。……なんて渋い設定なんでしょう。
現実の湯治場には体に不調を抱えた大人たちしか集まらないのに、この作品では悩める中学生たちが解決を求めて「かねやま本館」に吸い寄せられていくのです。
作中では、“心に効く”不思議な温泉が湧いていて、繊細な中学生たちは湯船に浸かることで悩みの解決への一歩を踏み出していきます。
5巻の主人公は、とある事故によってペットが死んでしまったショックにより、家族が離れ離れになった中学2年生の樹生(ミキオ)。樹生はその事故のきっかけを作った罪悪感にさいなまれ、ちゃんとした大人にならなければと奮い立ち、家族と時間を共有できなくなった「さみしさ」を認められません。
そんな樹生が浸かる温泉の効能は「我慢」「忍苦」そして「癇癪」。さみしい気持ちを押し込めて、耐え忍んで、爆発しそうになっている正直な気持ちに、樹生は温泉に浸かることで向き合えるようになっていくのです。
もちろん現実には、「我慢」「忍苦」「癇癪」に効能があるとされる温泉は存在しません。しかし読んでみると、小説の中の温泉と、私たちが普段浸かる温泉はほとんど一緒ではないか、とも思いました。自分自身と対峙して、正直な気持ちを引っ張り出して、温泉からあがった後は現実世界でちょっとだけ勇気と元気が湧いてくる。そういう大人たちが言語化してこなかった部分を、“中学生の悩み”を通して描かれている作品だったのです。
本作を読んでいると、こんな心に効く温泉があったらいいのにな、と思わずにはいられません。大人になっても、「嫉妬」や「イライラ」、「不安」「後悔」などに惑わされてばかりです。でも、効能として掲示されていなくても、そんな“邪念”を温泉は少しずつ減らしてくれているんですよね。湯上がりは、嫉妬もイライラも不安も後悔も、湯に流れているような感覚があります。
温泉好きにとっても新しい発見のある『保健室経由、かねやま本館。』シリーズ。ぜひ大人も読んでいただきたい児童小説でした。
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『保健室経由、かねやま本館。』5
松素 めぐり (著), おとない ちあき (イラスト)
ーー学校で悩んでいるキミへ、心をほぐす温泉、あります。
妖しげな女将とふしぎな温泉で、いま、イチバン子どもたちを癒やしている、「かねやま本館。」シリーズ。
第5巻は、「かねやま新館」が登場!?
好きなお湯がいくらでも出てきて、有効期限がない「かねやま新館」。
みんなでお湯につかれるけれど、有効期限が1か月の「かねやま本館」。
あなたなら、どっちを選ぶ?
文/永井千晴
永井千晴(ながい・ちはる)
1993年2月生まれ。学生時代に温泉メディアのライターとして、半年間かけて日本全国の温泉を取材。その後、旅行情報誌「関東・東北じゃらん」編集部に在籍し、「人気温泉地ランキング」などの編集を担当。退職後は別業種で会社員をしながら、経験を活かしてTwitterやブログで温泉の情報を発信している。現在も休みを見つけてはひとり温泉へ出かける、市井の温泉オタク。国内外合わせて約500の温泉に入湯。著書に『女ひとり温泉をサイコーにする53の方法』(幻冬舎)。