誰もが抱えるささやかな「嘘」にまつわる、オムニバス・ストーリー。 

これまでの話
多香子(42)は港区のゴージャスなタワーマンションに夫と娘の絵里花(12)の3人暮らし。コロナ禍で夫の経営する複数の飲食店の業績が悪化、絵里花の中学受験費用や住宅ローンがのしかかっている。同じマンションに住む幼稚園時代からのママ友、明菜(37)と成美(45)にはそのことは相談できずにいた。明菜は、「いい夫を捕まえてうまくやった」と言われ続け、娘の亜美は絶対に名門中学に合格させようと湯水のごとく課金中
一方、3人のうち一番悠然と中学受験に取り組んでいるように見える成美にも秘密があって……?
 


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港区タワーマンション怪談【成美の場合】

 

「じゃあねーマミちゃん、成美さん。また明日!」

マンションのエレベーターホールで、多香子と明菜がそれぞれ娘を連れて手を振った。

「うん、また明日。お疲れ様」

成美はひらひら手を振ると、マミを連れて低層階用のエレベーターホールでボタンを押した。

「あーあ、いいなあ、絵里花と亜美は高層階で。うちもそうすれば良かったのに」

マミがエレベーターで4階ボタンを押しながら、口をとがらせる。

「何言ってるの。4階の坪単価は500万、40階以上の坪単価は1000万以上、つまり倍なの。同じ共用施設やサービスを利用できるんだから、コスパ最強なのよ。たかがマンションに坪1000万以上払うなんて、はっきり言ってアホらしいわ」

「はいはい、賢く生きなくちゃね。さすがシングル親でここに住んでるだけあるよ、ママ」

マミが茶化すが、成美は意に介さずににっこりと笑う。

「そうよ、自分1人の力で住んでるの、男の人に頼って上層階に住んでる人たちよりずっと自由よ。いい、マミ、あなたもしっかり勉強して自分の力で生きていけるようにね。そこらのお嬢様に負けちゃだめ。ガンガン勉強するのよ」

マミは「わかってるってばー、だからこうして頑張ってるんでしょ」と首をすくめると、4階ですたすたとエレベーターを降りた。

成美は、ゆっくりと歩きながら、ここまでの入り組んだ「イバラの」道のりを思う。