室岡は選ばれなかったのか。それとも選ばれたのか
最終的に、室岡は兼高が潜入捜査官であることを知ることになります。でも室岡は、兼高が警官であったこと自体にはそれほど傷ついていなかったように見えました。
むしろヒーロー願望のある室岡にとって、11年前の事件の遺族を支援し続ける出月梧郎はヒーローそのもの。兼高が闇のヒーローであれば、その正体である出月梧郎は光のヒーローでした。
ならば、室岡は何が許せなかったのか。それはやっぱり嘘をつかれていたことでしょう。信じていたのに裏切られた。室岡にとって、“信じる”ことは特別なことだったから、その反動も大きかった。
最後の舞台となったあの「竹の家」で室岡は何を望んでいたのか。自分を騙した兼高を裁くことだったのか。兼高の情婦である恵美裏を殺すことだったのか。僕には、そのどちらでもないように思えてなりません。
ただ、室岡は必要とされたかった。兼高に選んでほしかった。
自分は兼高にとって何だったのか。つい口からこぼれた予定外の質問を、室岡はただのつぶやきと誤魔化しました。でも、きっとあの問いこそがいちばん知りたいものだった。
だから、兼高が答えてくれたことは、室岡の最後の救いだった。その答えが自分には理解できないものであっても、少なくとも自分はまったく価値のないものではなかった。それだけでうれしかった。
「俺とこの女、どっちが大事なんだよ」
思えば、室岡はずっと二択を繰り返していた。小津と黒澤。ピカソとゴッホ。火星と木星。『アラビアのロレンス』と『ワイルドパンチ』。そんな二択の最後が、俺とこの女。『アラビアのロレンス』と即答したように、室岡は迷わず自分を選んでほしかった。そう考えるだけで、心臓を破裂寸前まで膨らまされたみたいに苦しくなる。
でも何度か観ていくうちに、考えが少しずつ変わりつつあります。今はむしろ最後に兼高がとったあの行動は、室岡を“選んだ”のだと思っている。
「竹の家」に赴く直前、兼高は教会で磔になったイエス・キリストを見上げていた。もう自分は引き返せないところまで堕ちてしまった。司法が下す罰で、兼高の心が救われることはないだろう。復讐の代償に罪を背負った兼高が自ら下した裁きが、あの選択だったんだと思う。
同じ罪を背負った者同士で、地獄に堕ちる。それが、兼高の出した答え。だから、室岡は決して選ばれなかったんじゃない。室岡を選んだからこそ、ああいう結末になった。
『ヘルドッグス』は、地獄への行き道を探し続けていた狂犬が、その道連れを“選ぶ”物語でした。
岡田准一の圧倒的な殺気と、坂口健太郎の平熱の狂気がつくる強烈な磁場
『ヘルドッグス』は決して説明的な映画ではありません。兼高と室岡の過ごした1年間はまったく描写されていませんし、ベタベタと愛を囁いたりもしません。だからこそ、兼高と室岡に心奪われた人たちは、その余白にいくつもの夢を見るのです。
昔の俳優に比べて現代の俳優は幼いと言われる中、圧倒的な殺気と色気を放ち続けた岡田准一の強度。ステレオタイプなサイコパスに終始することなく、平熱で狂い続けた坂口健太郎の純度。2人のつくる磁場が否応なく観客を飲み込む。逆らうことなど誰もできません。
俺たちもハグしましょうかと室岡が誘ったときはそっけなくかわした兼高が、あの雨の中、取り乱す室岡をなだめるように抱く。その無情な美しさに、このまま2人を泡沫のお天気雨に一生閉じ込めたくなりました。
この中毒性の高さは、味わった者だけが知る背徳のドラッグ。ぜひ兼高と室岡の救いと滅びの関係に溺れてください。
<映画紹介>
『ヘルドッグス』
絶賛上映中
出演:岡田准一 坂口健太郎 松岡茉優 ・ MIYAVI ・ 北村一輝 大竹しのぶ 金田 哲 木竜麻生 中島亜梨沙 杏子 大場泰正 吉原光夫 尾上右近 田中美央 村上 淳 酒向 芳
監督・脚本: 原田眞人
原作:深町秋生「ヘルドッグス 地獄の犬たち」(角川文庫/KADOKAWA刊)
配給:東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
映倫区分:PG12
公式HP:www.helldogs.jp
©2022 「ヘルドッグス」製作委員会
文/横川良明
構成/山崎 恵
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