人間40年も生きていると、日々の生活にモヤモヤとしたものを抱えていたり、若い頃にはあったはずの情熱が薄れたことに気づいたりすることはあるのではないでしょうか? でも、何かのきっかけで大きく人生が動いたり、新たな世界が目の前に広がったりすることもあるものです。モーニング連載中の『踊れ獅子堂賢』の主人公・獅子堂もまさにそんな渦中にいる一人。獅子堂は何に出合ってしまったのでしょうか?
一代で大企業を創った創業社長の息子は辛いよ……。
主人公の獅子堂賢(40)は、従業員数約3000人の大手女性下着メーカー「シェリル」の社長。5年前に創業社長の父が大病を患い、小さな広告代理店で働いていた獅子堂は半ば強制的にシェリルに入社することに。いくつかの部署での勤務を経て昨年、2代目社長になったばかりです。
しかし、父が一代で築いた会社を息子が継ぐことになっても、そう簡単にうまくいくものではなく、周囲の社員たちにもどこかなめられている様子。業務に積極的に関わろうとしても、やんわりと遠ざけられ、形ばかりの承認を求められるだけ。完全に“お飾り”扱いで、それは獅子堂本人が一番痛感しています。
ある日の獅子堂の仕事は、新卒採用の最終面接の面接官の一人。最終面接に残った学生のリストに目を通すと、すでに「○」「×」がつけられていました。面接前に秘書に聞いたところ、最終面接は形だけのもので、社内では既に誰を採用しているか決まっているとのこと。
椎名まなかという女子大学生にも「×」がついていました。つまり、面接でいくら頑張ったところで結果は決まっているわけで、獅子堂は複雑な心境になります。しかし、彼女が無茶振りな質問に答えようとして急に立ち上がった瞬間、獅子堂の中では、最終面接という大ピンチの中でも負けじと立ち上がる姿に見え、それが“浪速のロッキー”こと赤井英和に重なったのです。
役員の中では椎名は不採用で決まっていたものの、何の気まぐれか、獅子堂は彼女を採用したい、と言い出します。4月になり、彼女は無事シェリルに入社。椎名の運命は獅子堂によって大きく変わったわけですが、獅子堂自身を取り巻く環境は相変わらず。秘書は何もかも事後報告で、獅子堂のことを何もわからない奴と決めつけています。そんな態度を取られ続けていても、獅子堂は言い返すほどの自信を持ち合わせていません。そりゃストレスも溜まりそうです。
ボクシングに熱中したのは遠い昔。通っていたジムも一変?
退社して外を歩いている時、獅子堂はボクシングに熱中し、常にエンジン全開で突っ走っていた頃を思い出します。ボクシングからはもう何年も離れていましたが、突然、「殴られ屋」に声をかけられます。過去の自分を思い出した獅子堂は本気で当てに行くつもりでグローブをはめて男性と対戦します。モヤモヤした気持ちを拳に込めますが、空回りするばかり。
相手に一発も当てられなかった獅子堂は衝動的に走り出し、気づけば、かつて通っていたボクシングジムが入っている雑居ビルの前に来ていました。階段を駆け上ってドアを開けたところ、そこはボクシングジムではなく、社交ダンス教室だったのです。唖然とする獅子堂でしたが、社交ダンス教室の先生が若い男性の来訪によろこんでいたために帰りづらくなり、その流れで体験入会するハメに。若い女性が指導役として獅子堂の前に現れ、手を取りながらワルツのステップを教えてくれるのですが、初めてのステップや姿勢に戸惑い、何よりも恥ずかしさが勝って手も足も出ず、パートナーである女性を見る余裕すらありません。それでも女性は「パートナーを拒否しないでください」と言い、レッスンを進めます。
久々に激しく体を動かすハメになり、しかも相手はかわいい女性だったためにドキドキしてしまう獅子堂ですが、鏡の向こうの自分は笑みを浮かべていたのです。笑ったのはいつぶりなのか――。そんな獅子堂に「大丈夫ですか?」と手を差し伸べた女性は、最終面接で獅子堂が合格させた椎名でした。
お飾りとはいえ社長である自分が新入社員と社交ダンス教室で遭遇し、足がもつれて汗だく状態の情けない姿を見られてしまっては、激しく動揺して逃げるのも無理もありません。しかし、この出来事を契機に獅子堂の人生は、今まで予期しなかった方向に動き始めることになります。そして、仕事の面でも“お飾り”から脱却すべく、少しずつできることから関わっていくようになるのです。
いくつになっても、新しい扉を開くことはできるはず!
不惑を過ぎた男性が、ふとしたきっかけから社交ダンスを始める話といえば、役所広司さんと草刈民代さん主演の映画「Shall we ダンス?」を連想します。役所さん演じる中年男性は家族と仕事に恵まれており、何の不満もないはずでしたが、どこか満たされないものを感じていました。ある日、小さなダンス教室の窓際に佇む草刈さん演じる元一流ダンサーのダンス講師の姿に心惹かれ、社交ダンスの世界に飛び込んでいきます。
獅子堂は思いがけない形で社交ダンスと関わることになったわけですが、次第に “お飾り”から脱却すべく、悩みながらも秘書や役員、創業社長である父と向き合う一歩を踏み出すことになります。獅子堂が少しずつ変わっていき、社交ダンスの魅力に気づいていく過程を読み進めていくうちに、獅子堂を応援したくなりますし、年齢や自分の自信のなさのせいにせず、前進することの尊さに改めて気付かされます。人はどんなに些細なものであっても、頑張れるものや、熱中できるものができると、仕事など直接関係ない分野でもいい影響を及ぼすもので、そういう経験をしたことのある人も少なくないのではないでしょうか?
なんとなくモヤモヤしたものを抱えている人はもちろんのこと、年齢を重ねていろいろと諦めることを覚えてしまい、それが半ば当たり前になっているなと感じているのだとしたら、ぜひ本作を読んでみて! まさに私もそうでして……。
『踊れ獅子堂賢』
常喜寝太郎 講談社
女性用下着メーカー「シェリル」の二代目社長・獅子堂賢は、いわゆる“お飾り社長”。仕事でもプライベートでも自信を持てず、「エンジンのかけ方」を忘れてしまったかのような毎日。だがある日、獅子堂賢は運命の出会いを果たす。久しぶりにドキドキし、久しぶりに汗をかき、久しぶりに自然と笑みがこぼれた相手。それは………自分の会社の女子新入社員・椎名まなかだった!
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