容疑者は男? 女? 特定できないゲスな事情


「おお、受付のみなさん、今日もとっても可愛いね。おっと、これは時代的にBADなのかな? ハハハ」

総合商社の、人事部調整課というのがどういう社内ポジションなのかは、紗季にはいまひとつわからない。でも、少なくともこの会社に関しては花形とは違うのかもしれないと、6年の経験から感じていた。なぜならば、紗季がここに来てから3人の課長と仕事をしたが、仕事ができるとは言えず、おまけにどうにも空気の読めない男ばかりだった。

しかしプロとして、そんなことはおくびにも出さず、紗季は笑顔で本題に入る。

「課長、このお客様は、どのようなご用件でいらっしゃるのでしょうか? 取り次ぐな、ということは、本日の亀山さん宛ての全ての来客をお断りする対応でよろしいでしょうか? 『亀山は出張中でございます』『亀山という社員はおりません』などの返答も、できれば全員で統一したいと思うのですが」

受付スタッフを代表して紗季が尋ねると、課長は、とたんに面倒なことを言うなという表情になる。

「高梨さん、君も受付長いんだから、わかるだろう。事情があるんだ。実は、亀山くんに対して脅迫まがいの手紙が会社経由で届いてな。彼は今、仕事でもちょっとタフな案件を担当しているし、生憎プライベートでも心当たりがなくはない、ということで『容疑者』を絞りきれないんだ。男か女かもわからん。今日、白黒つけにくる、というような文言だった。会社としては社員を守るのが勤めだ。君達も、いざとなったら盾になるくらいの気概で頼むよ」

性別・人相不明の「怖い来客予告」。プロ商社受付嬢だけが気づいた奇妙なサインとは?_img0
 

「時給2000円で知らない男の盾になるわけないでしょうが。相変わらず、課長の言ってることはなんかモヤモヤするんですよねえ」

受付に着座し、準備を整えながら、紗季の右隣に座った美加がぶつぶつ文句を言う。左隣の玲子も、着座するなり電気ひざ掛けのスイッチを最強にし、背中のヒーターをガンガンつけながら頷いた。

「おおかた、不倫相手が乗り込んでくるんでしょ。心当たりあるから、どうしようもなくて人事の同期に泣きついたってところですかね。この会社、ほんっとに男尊女卑っていうか、男の社員は徹底的に守りますよね……男はちょっとくらいの不祥事じゃクビは飛ばないのに、社内不倫が発覚しても女性だけ配置換えだし。私、なんなら社内男女関係相関図作れますよ。受付なめるな~」

「……私が結婚してる頃、玲子ちゃんいなくてほんと良かった……」

紗季は力なくハハハ、と笑いながら着座する。

受付のチーフスタッフとして長い1日になりそうだ。

 


ベテランスタッフ・紗季の第六感


「……もう16時ですよ、結局来ないですねえ、亀山さん宛ての来客」

美加がつまらなそうに、できるだけ唇を動かさずに正面を見据えたまま紗季に話しかける。受付着座中の私語は厳しく制限されていて、警備室では受付の映像が録画され、警備スタッフが不審者襲来に備えて見ているので、いっこく堂氏の腹話術状態での会話になる。

「そうだねえ。美加ちゃん、玲子ちゃん、今日1日分の受付票を貸してくれる? お客様もうほとんど来ないし亀山さん宛てのご来客はなかった、ってレポートの準備するね」

来客が記入した用紙を左右席から集め、紗季は1枚ずつチェックする。バーコードを読み取ると、入館証が返却されていればそれがわかるシステムだ。

何百枚の用紙を確認していると、1枚の用紙のところで、指が止まった。