まだ社内にいる……? 返却されない入館証
――この方……14時にコーヒーショップって書いてあるけど、もう2時間半もいるのに入館証が返却されていない……。
紗季は、タナカヨウコ、と書かれた来社票をじっと見つめた。社内にあるコーヒーショップは、基本的にテイクアウト用で、スタンド席が3つあるだけ。入れ替わり立ち替わり社員が来て混んでいるし、とても長居できるような店ではない。
来館証を発行した受付スタッフのサイン欄に、戸川、とある。ここにはいない後輩のスタッフだ。この時間、紗季は地下1階玄関に着座していたから、「タナカヨウコ」は見ていない。
入館証は小さなバッジになっていて、そのままつけて帰ってしまう人もいた。このコーヒーショップに来たタナカさんもその可能性は大いにある。しかし、今日正面玄関で、ほかに社員に取り次ぎをしていなくて、入館証が返ってきていないのはこの人だけだった。
勇み足かもしれない。でも、長年の勘で、これは報告しておいたほうがいいと紗季は思った。コーヒーショップに入ったふりをして、トイレなどにひそみ、亀山さんの部署がある21階に向かうことは可能なのだから。
紗季は、シフト表を見て、「タナカヨウコ」に会ったはずのスタッフが着座している地下受付に内線をした。
「お疲れ様です、1階受付から高梨です。すみません戸川さん、今日、14時にコーヒーショップ宛てにご来館のタナカヨウコ様なんですが……おいくつくらいで、どんな服装だったか覚えていますか?」
「え!? ええと……14時ってことはお昼の後ですよね。正面の3番席に着座してて……ああ、覚えてます、今日、コーヒーショップって書いたのは1人だけだったから。小柄な女の人で……30代前半かな、OL風の服でした。ブラウスに……スカート、みたいな。コートを着てなくて、近隣ビルにお勤めなのかな? って思いつつ、大きな黒いナイロンのトートを担いでて、近所に勤めているにしてはなんとなくちぐはぐでした、そういえば」
後輩スタッフは、必死で記憶を手繰りながら、紗季の質問に答えてくれる。この大きな会社には、多い日で1日に1000人近い来客があり、毎日接客していると、1年もすればどの時間帯にどんな様子の来客が多いか、会社ごとの社員の特徴、服装、行動パターンがすっかり頭に入ってしまう。後輩とは言え3年目の彼女の記憶と違和感はあなどれない。紗季はすぐに人事に内線をして、状況を共有した。
もうすぐ終業だが、相変わらず、亀山氏宛ての来客はいない。
「タナカヨウコ」が、亀山氏を脅迫した犯人だとして、女性単独であることは朗報と言えなくもない。屈強な男性が複数で乗り込んで来たら、警備員はいるものの、大捕り物になってしまう。
しかし気になるのは彼女が「大きな荷物」を持っていた、という情報だ。
その時、玄関の両脇に狛犬のように配置されている警備員が、耳につけているインカムで一言、二言応答すると、弾かれたように階段ホールに突入した。
「な、何事!?」
紗季たちは、思わず中腰になる。いやな予感が、紗季の胸を締め付けた。
果たして「犯人」の目的は? 緊迫の状況で、紗季は衝撃の結末を目にする。
構成/山本理沙
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