「君のそういうところが、いいね!」の違和感
出会ってしばらくは、美味しいものを食べに行くだけだった2人。しかし半年後、酔って「いい雰囲気」になり、雅弘さんの部屋に誘われた千佳さん。「だって私たち付き合ってないよね?」と言うと、「付き合ってるよ、今日から!」。そのまま交際が始まったそうです。
「お付き合いするようになってからますますラブラブな感じになり、週に3日は会っていました。彼は連絡こそマメじゃないけど、一緒にいるときはとても優しいし、それだけ会っていても全然けんかをしませんでした。『千佳みたいにずっと一緒にいても大好きなのが変わらない女の子、初めてだ』という彼の言葉に、舞い上がっていましたね」
親密に付き合うと、雅弘さんは何をするにもスマートで、遊び上手だったそうです。実家が所有するヴィンテージマンションに住み、大手広告代理店勤務で経済的に余裕がありました。サーフィンやツーリングといったアウトドアの趣味も多く、休日だからと言ってべったり一緒にいたがるそぶりもありません。そのすべてが、今まで同世代とだけ交際していたうえに、束縛されがちだった千佳さんにとって居心地のいいものでした。
「私、クリスマスとかお正月とか、イベントに興味がなくて。彼氏と一緒に過ごさなきゃ、と思わないんですが、彼は季節のイベントの2回に1回くらいは一緒に過ごしたいと海外や沖縄に連れていってくれました。いくら年上でも全部出してもらうのは悪いから、航空券は自分で出して、現地で食事をご馳走するくらいは気遣っていました。『千佳のそういうところ、いいね』って目を細めてましたが……元カノが浪費家だったのかな? と、頭をよぎりました」
2人の関係は一見順調そのもの。しかし、千佳さんは30歳を前に、田舎の御両親から『結婚はまだ?』と問われるように。独身の自由を謳歌していた千佳さんも、この先2人の関係はどうなるのかと考え始めました。そのことを話すと、雅弘さんは意外な提案をしてきます。
「時代の先端を行く千佳が、まさかそんなことを言うなんて! 心配ならば、いいよ、いつだって結婚しよう。ただ、僕の実家はちょっとした家でうるさくてね。今までもことごとくぶち壊されてきたんだ。ひとまず『僕たちの中で結婚』というかたちにしないか。5年も経てば、全てうまくいく。それまではさ、婚姻届にサインして渡しておくよ」
雅弘さんは、そう言うと、本当に記入済みの婚姻届を千佳さんに預けたそう。しかも保証人欄のサインのために、時々一緒に飲んでいた彼の親友たちが来てくれたと言います。
「千佳ちゃん、雅弘、おめでとう」と花束までくれた「同い年で腐れ縁の親友」の祝福に、千佳さんはまるですでに夫婦になったかのような気持ちに。その日、雅弘さんは千佳さんがコレクションしているハイブランドの指輪も贈ります。
千佳さんはこの状態を、正式な婚約として受け止め、とても嬉しい気持ちだったと言います。手元に自分がいつでも出せる記入済みの婚姻届があることで、各段に安心感が生まれました。
しばしば法律婚を「紙切れ一枚のこと」という向きもありますが、結婚は一種の契約であり、法律的に守られる部分も。それを約束されたことで千佳さんはキャリアや住居のことなどを結婚前提で判断できるようになりました。心配していたご両親にも、雅弘さんのご実家に理解を得るために準備していると伝えます。
「プレ夫婦」となり、新居について検討を始めた2人。雅弘さんのマンションは広告の企画としてリノベーションすることになっていて、完成後しばらくは撮影用のレンタルスタジオになると告げられた千佳さん。その間は会社の費用で別の賃貸マンションに住めるので、ひとまずはそこで一緒に住むことになりました。
新生活が順調にスタート。とは言え、生活のパターンに変化はほとんどなく、それぞれがマイペースに、仕事中心で暮らしていました。しかし2年目になり、ある事件が起こります。
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