社会的地位が高いがゆえの盲点


「そこが彼の狡猾なところ。外面が良く、仕事にも意欲的なので、社会的にはできる人として認識されています。友達同士で集まるときも社交的なんです。ただ、私を落とすのは変わりませんでした。『こいつ、家事も仕事もできないから俺が拾ってやったんだ』というようなことを、冗談風にいつも言っていました」

調べたところ、自己愛性人格障害の特徴のひとつとして、攻撃対象以外には愛想がよく、仕事などに対してもエネルギッシュであることが挙げられるようです。社会的な地位が高い人も多く「まさかあの人が」と思われるケースは枚挙に暇がないとのこと。社会ルールを逸脱するような行動や暴力は少なく、周囲には問題が分かりにくいのが特徴です。

「ご主人すごくいい人だね、と言われることも多くて、それに傷ついたし、相談しにくかった。あんないい旦那さんで、お店までオープンさせてもらって、贅沢じゃない? という視線もあったように思います。お金は1円も出してもらっていないし、収入は全て彼に渡していたのですが……。そうして周囲を味方につけておいて、じわじわといたぶるのです。私が大切にしているもの、例えばキッチンの調理道具や衣服、想い出のつまったお土産などを壊して、悲しむのを見て陰で喜んだりもします。当事者にしか見えない家庭内の問題があるということを痛感していました」 

 

涼子さんはなんとか子どもが夫婦の関係性を認識する前に状況を打破しようと、配偶者のモラハラに苦しむ人のための勉強会に参加したと言います。そこでは専門家が、すぐに相手と離れることが難しい場合の対処法や心構えなどもシェアしてくれたそう。

 

「うちの夫の場合ですが、一番効果があったのが返事を『あー』に徹底するというもの。これは個人差もあるし、当てはまらない場合も多々あると思うので慎重に対応するべきですが、夫の場合には効果絶大でした。アドバイスをくれた専門家によると、自己愛性人格障害のひとは、対象を言葉で貶め、それに反論されると攻撃がエスカレートする傾向がある。しかし無視をすれば、それもまた火に油。理不尽なことを言われたら『あー』と低めのテンションで声だけは出す、という方法をきいて。半信半疑で試したところ、彼も毒気を抜かれるというか……とにかく攻撃がマシになったんです」

自分よりも徹底的に下に見ている対象者が反論するのは許さず、叩き潰そうとする傾向がある涼子さんの夫。かと言って無視や反論は、さらに攻撃する材料を与えるようなもの。この作戦は涼子さんの場合は奏功しました。

そこからなんと2年間、涼子さんは家では「あー」としか言わず、感情を消して暮らすようになります。しかし、心を殺していた弊害は、思わぬところに出はじめます。