平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
 

第7話 冷え切った夫婦の秘密

 

私が小さなころから、両親は不思議な夫婦だった。

よくテレビや物語に出てくる「不仲な夫婦」は、たいてい夫が好き勝手をしていて、妻はそれに耐え、やがて絆が途切れる。しかし私の両親は異なるタイプの「不仲夫婦」だった。

 

父は辣腕営業マンとして鳴らし、一部上場企業の副社長としていまだ現役。32歳のときに私が生まれ、駅から30分も歩く広いだけの郊外の宅地に、気恥ずかしくなるほど大きな家を建て、せっせと電車とバスで通勤を開始した。

当時母は24歳。大学を卒業し、すぐに父と結婚、ほどなくして私を産んだ。父が一目惚れし、エネルギッシュに求愛したと聞くが、母は終始淡々としていたようだ。

娘の私から見ても、幼い時から母は不思議な人だった。娘の私に対する愛は揺るぎなく、猫かわいがりをしてくれたけれど、それ以外のことには非常にクール。父に対しても、情熱や好意、嫉妬といったたぐいの感情をぶつけているのを見たことがない。

「あの人、鬱陶しいのよね」

母の小柄で華奢な体つきと透き通るような肌、猫のように形がよく小さな目は、美人というよりも独特な色気があり、冷たいムードと相まって父を夢中にさせ続けた。

しかし父に向ける笑顔は少なく、もちろん会話はあるものの「これを伝えたい、わかって欲しい」という情熱はまったく感じられない。

一方の父は、普段は自己中心的な話題でマシンガンのように話し、美味しいお土産や美しいアクセサリーのプレゼントをせっせと母に運んでいた。しかし母が話にもプレゼントにも興味を示さないことに腹を立て、酔ったときには椅子を蹴飛ばしたり癇癪をおこしたりするものだから質が悪い。

私が思春期に入る頃にはすっかり母と私の同盟は出来上がっていて、「お父さんて本当に自己中で鬱陶しい」という冷めた視線で彼を眺めていた。

しかし奇妙な夫婦ではあったが、娘への愛情は確かで、私は何不自由なく育ててもらったと思う。小学校から私立に通い、エスカレーターで大学まで出て、会社員になり、人並みに男性とお付き合いをした。

だから平凡で順調な自分が、結婚が現実味を帯びてきたときにそんなことを思うとは想定外だった。

私は、結婚なんてしたくなかった。これっぽっちも。
 

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奇妙な仮面夫婦の行く末とは……?
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