平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
 

第6話 隣人の表と裏

 

一戸建ての隣人、というのは不思議なものだと思う。

都会のマンションであれば隣人同士は他人行儀だ。独身時代に住んでいたマンションでは、すれ違えば挨拶はすれど、隣の人が何をしているのか、どこに勤めているのか、一切知らなかった。

 

しかし、この東京郊外の、同じような一戸建てが並ぶ区画ではそうもいかない。

とくに我が家のような建売住宅は、販売と引き渡し時期も同じ。価格と間取りがちょうどいいのか、どこを見ても子育てファミリー世帯。どうしたって交流がある。

その中でも我が家と、隣接する佐々木家は一人娘という点も同じだった。もう12年も前の話だ。もっとも佐々木夫妻のお嬢さんは私立中学に合格し、通学が便利なこのエリアに家を購入。我が家は娘の雪野が生まれたのをきっかけに購入という違いはあった。意外に子どもの年齢が離れていると気楽な部分もあり、これから起こるライフイベントについてあれこれ指南してもらって、ずいぶんと助けられたものだった。

「千絵さん、見てみて。これね、エリカが婚約した彼。慧明大学卒のドクターなのよ。昨日無事に結納が済んだの」

月曜の朝、夫と娘を送り出して玄関の外を掃いていると、佐々木家の奥さんである麻由美さんがエプロン姿でひょっこりと顔を出す。

「わあ、素敵な人! おまけにドクターなの? さすがエリカちゃん」

私は野次馬根性丸出しで麻由美さんのスマホをのぞき込む。

「私は結婚しなくても自立できるように経済力をつけさせようと思ってエリカをあの大学と会社に入れたんだけど。エリカの中高時代のお友達、お医者様も多くてそのつながりでね。そんなつもりはなかったんだけども」

嬉しさが隠しきれない麻由美さんの笑顔を見ながら、この12年間の彼女の「狂気の激闘」を思い浮かべる。冬の朝の冷気が、すうっと背中から這い上がった。
 

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隣人同士だけが知る、母の秘密とは?
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